第二十四話 ミーア姫、ナニカの気配を感じる
馬車旅はつつがなく進んだ。
さしたる足止めもなく、一行は帝都ルナティアへと到着する。町の中を馬車で走ることしばし、遠くに白月宮殿を認めて、ミーアは思わず声を上げた。
「ああ、久しぶりの白月宮殿ですわね……うん?」
不意にミーアは眉をひそめた。
遥か彼方で、きらりきらりと、なにかが輝いているのが見えたためだ。輝いている、というか、はためいているというか……。
目をすがめ、眺めることしばし……ミーアの口から呻き声が漏れた。
「お……おお、あ、あれは……」
ミーアは白月宮殿の前に堂々とはためく、巨大なモノを見て、思わず頭を抱える。それは記憶に新しい……美しく輝く巨大な旗だった!
そして、まぁ、言うまでもなく当たり前のことながら……その旗にはド派手なミーアの絵が描かれていた。でかでかと、ミーアの顔が描かれていた!
――って、見ようによっては、アレ……生首っぽく見えて嫌ですわね……。
一瞬、背後にナニカの気配を感じて、思わず震え上がるミーアである。
そうなのだ! ミーアは完全に忘れていたのだ。この帝都には、かの天才画家、シャルガールがいること……。そう! あの!! シャルガールが!!! いるのだ!!!!
――おっ、大人しくエリスの本の挿絵を描いているかと思いきや、あ、あのような恐ろしいものを作っているだなんて……。
思わず、頭を抱えたくなるミーアである。
しかも、その巨大な旗を振っている人物がまた問題だった。
「……お父さま、なにしてますのっ!?」
そう、旗を振っているのは他ならぬ、ティアムーン帝国皇帝、マティアス・ルーナ・ティアムーンその人なのであった。
満面の笑みで旗をブンブン振っている父の姿に、ミーアは天を仰いだ。
――っというか、あの大きさ……旗はかなり重たいはずですけど、お父さま、よく振っていますわね。
どうやら、レッドムーン公との筋トレは順調に進んでいるらしい。心なしか、ちょっぴり体が大きくなったような……それに、チラリと覗く二の腕も少しばかり筋肉質になったようにも見える。
――ふむ……お父さま、ちょっぴり格好よくなったかも……って、そうではなくって!
ミーアは、大男との相性がとても良いのだ。
「おお! ミーア、よくぞ、戻った。宴の準備はできているぞ」
馬車を降りてすぐに、皇帝マティアスが駆け寄って来た。満面の笑みを浮かべる父に、ミーアはなんとか挨拶を返す。
「……お父さま、ご機嫌よう」
「うむ、壮健そうでなによりだ。ところで……」
「今回は、ヴェールガ公国の神聖図書館館長、ユバータ司教をお客様としてお連れしましたの」
ミーアの紹介を受け、ユバータ司教が礼をする。
「我が主の祝福がございますように、陛下。ニコラス・ダ=モポーカ・ユバータと申します」
それを受け、マティアスは、威厳たっぷりに……旗を立てかけてから、
「よくぞ参られた。ユバータ司教殿。心より歓迎する」
そうして、白月宮殿の中に誘うマティアス。ミーアはその背を追って宮殿内に入ろうとして……、ふと思い出した様子で、特別初等部の子どもたちを振り返る。それから、近衛が大切そうに片づけようとしている旗にチラと目を向け……。
「あなたたちには、特に言っておきますけれど……あなたたちは、アレを真似する必要は一切ございませんわ」
っというか、あんなこと、真似したら、絶対ダメだよ! と言ってやりたいミーアである。
「えっ……?」
ミーアの言葉に、キョトン、と首を傾げる子どもたち。なにを言われているのか、わからない、という顔をしている。これはいけない! っと、ミーアはさらに言葉を重ねる。
「あのような旗を作ろうとか、そういうことを考える必要はまるっきりないということですわ」
そう、この子たちがこれから行くのは、魔窟ミーア学園なのだ。常識など通じない、魔境なのだ!
もしも、セントノエルで学ぶ子どもたちが、ミーア学園に行くことで、変に感化されてしまったらどうなるだろうか? あの巨大な旗を嬉々として振ったり、皇女伝の音読を始めたりしたら……。それは、悪夢である!
はたしてそれは、ユバータ司教の目にはどう映るか?
ぶるるっとミーアは背筋を震わせる。
――ユバータ司教に、そんな姿を見られたら、絶対にまずいですわ。下手をすれば、パライナ祭を利用して、わたくしへの信仰を植え付けようとしている、などと思われてしまうかも……。
最悪のケースを想定し、早め早めに釘を刺しておきたいミーアである。
――ルードヴィッヒにもくれぐれも言っておかなければなりませんわ。先に学園のほうに連絡を入れておいて……。
そう思いつつも、ミーアは口を開いた。
「今度、行くミーア学園の生徒たちの真似をする必要もまったくありませんわ。なにしろ、あなたがたはセントノエルの特別初等部の子どもたちなのですから、そのことに誇りをもって行動しなさい。自分に恥じることなく、堂々と胸を張りなさい」
励ますように、力づけるように、ミーアは言う。
「あなたたちが変わる必要などまるでございませんわ。あなたたちはあなたたちで考えて、良いと思うことをしなさい。あなたたちは、セントノエルの子どもたちですから」
ミーアの言葉に、目を瞬かせる子どもたちであった。




