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第一一〇話 奇跡への布石とアンヌの信頼

 ミーアが絶品ウサギ鍋に舌鼓を打っているころ。

 ティアムーン帝国に帰還を果たしたアンヌもまた動き始めていた。

 旅の疲れをものともせず、彼女はルードヴィッヒに会いに行き、そこでミーアの行動を正確に、細大漏らさずに伝えた。

「ああ……」

 ルードヴィッヒは、嘆くようなため息を吐いて、天を仰いだ。

「確かに、レムノ王国で、騒乱が起きているという話は聞いていたが……、まさかミーア姫殿下が……。ああ、くそっ。姫殿下のご学友がいることをすっかり忘れていた」

 自分の迂闊さを呪うように、舌打ちして、ルードヴィッヒは立ち上がった。

「この状況で軍を動かせば、侵略を企図してのものだと無用な疑いを抱かれそうだな。となれば……」

 本来、ミーアの身の安全を確保するために、皇女専属近衛部隊(プリンセスガード)を派遣したいところではある。

 それが難しいとなれば、対案として、部隊に匹敵する人員を派遣する。

 それは、すなわち……、

「それで、僕にお呼びがかかったということか」

 ルードヴィッヒとアンヌの訪問を受けたディオンは、小さく肩をすくめた。

「まったく相変わらず、楽しいことやってくれるな、姫さんは」

 実に愉快そうな笑みを浮かべるディオンに、ルードヴィッヒは苦い表情をする。

「笑い事じゃないぞ。俺としてはもしもミーアさまになにかあったらと気が気じゃないんだ」

「大丈夫なんじゃない? サンクランドのシオン王子といえば、剣の天才で有名だし、僕みたいなヤバいのと出会わない限りは何とかなるよ。たぶんね」

「本来ならばそうだろうが……、少し気になることがある……」

 そこで、一度言葉を切ってから、ルードヴィッヒは言った。

「レムノ王国は、革命が起こるような状態にはない」

「え……? あの、それってどういう……?」

 首を傾げるアンヌに、ルードヴィッヒは考えをまとめるように少しだけ黙って、それから続ける。

「革命には危険が伴う。参加する者は失敗すれば処刑されるわけだから、その危険を飲み込んででも行動せざるを得ない、そういう状況に置かれていなければ理屈に合わない」

「えーっと……」

 瞳をパチクリさせるアンヌに、ディオンがニコニコ笑みを浮かべながら言った。

「つまりね、死んだほうがマシ。死ぬよりしんどい目に遭ってる人間じゃないと、命をかけて王族に逆らおうなんてしない、って話さ。死ぬよりしんどい目に遭ってる人間だったら、成功すれば現状を打破できるし、例え失敗しても死ぬだけだ」

「あ、ああ、なるほど。そして、レムノ王国は、そこまでひどい状態にないということですか?」

「我が国の諜報部の集めた情報によれば、ね……」

 ミーアのために役立てるべく、着々と官吏の間に人脈を築きつつあるルードヴィッヒである。

 他国のものとはいえ、内情程度であれば情報を得ることは可能だった。

「俺も少しばかり検証してみた。確かに税の引き上げによって民の不満は高まっているが……、影響が致命的になるのはまだ先のはずなんだ」

 腕組みしながら、ルードヴィッヒは続ける。

「起こらないはずの革命が起こる。そこに何者かの作為を感じる」

「自然発火ではなく放火、火が起こらないはずの場所に、誰かが無理やり革命の火をつけようとしてる、か。なるほど! 確かに危険地帯だね」

 相も変わらず、楽しそうなディオンである。

「だけど、それなら、逆に止めることだって……」

 誰かが無理やり騒乱を作り出しているというのであれば、その犯人を捕らえればいい。

 もしかしたら、ミーアならばそれができるかもしれない、と思いかけたアンヌであったが……。

「それは無理。まぁ、血が流れる前なら可能かもしれないけど」

 ディオンは、小さく首を振った。

「えっと、どういう意味ですか?」

「人の死は争いを加速させて、後戻りできないようにするってことさ」

 それは、人を殺してはいけません、という倫理の話ではない。

 人の死が”不可逆”のものであるという、合理的な話だ。

 不可逆であるからこそ……、後戻りできない。

「だから、ディオンさんは、ルールー族との戦端を開かなかったんですか?」

「んー、そういうわけでもないんだけどねー。でも、後々、あんまり禍根を残したくないから、あんまり犠牲が出ないようにとは思ってたよ」

 それから、ディオンは苦笑いをした。

「僕が姫さんがすごいと思ったのは、ベルマン子爵の話を聞いてすぐに行動したってことだね。一つでも命が失われていたら、ああも綺麗に解決はできなかった。人の死が絡めば、争いの原因を取り除いたところで戦いは終わらない。双方が引くに引けなくなるからね。でも、姫さんは手遅れになる前に、その危険を遠ざけた上で、おおもとの原因を取り除いたんだ。見事としか言いようがないね」

「ミーアさま……」

 アンヌは遠い地にいる自らの主に思いをはせる。

「まぁ、だから、もしも姫さんが今回の事態を上手く片付けようと思ったら、レムノ王国軍にしろ、革命軍にしろ、一人の死者を出すことなく争いの原因を排除する必要があるわけなんだけど……どう考えても無理でしょ? それ」

 ルードヴィッヒも、ディオンも、とてもではないがそんなことが起こるとは思っていなかった。

 けれど、ただ一人、アンヌだけは……。

「それでも、ミーアさまなら……」

 そう、小さくつぶやくのだった。

 翌日、ディオンとルードヴィッヒ、それにアンヌの三人はレムノ王国に旅立った。



 図らずもミーアが蒔いてしまっていた奇跡の種が、革命の放火犯の内で萌芽し、どのような花を咲かせるのか……。

 今はまだ誰も知らない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「それでもミーア様なら…」がそのうち「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」にならないことを祈る…w
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