第十三話 おひさしぶり!
「ミーア、ちょっといいだろうか?」
みなでラーニャを見送った後、ミーアはアベルに呼び止められた。
「あら、アベル、どうかなさいましたの?」
きょとん、と首を傾げるミーアに、アベルはなにやら、ちょぉっぴり気恥ずかしげな顔で……。
「いや、その……ひさしぶりに遠乗りでもどうかな、と思ったのだが……」
「遠乗り……?」
はて、なんのことかしらー? とポヤァッとした顔をしていたミーアであったが……直後、察する!
自分は、今、デートに誘われているのだ! っと。
そうなのだ、ここ最近、忙しさと美食の中に置かれていたミーアは、すっかり恋愛脳が退化しかかっていたのだ!
これはいけない、と気合を入れつつ、ミーアは可憐な笑みを浮かべた。
「そうですわね。ふふふ、確かに、馬に乗るのは、ずいぶんとひさしぶりですわ。荒嵐、元気かしら?」
「相変わらずの暴れ馬のようだよ。そのせいで、あまり乗りこなせる者がいなくて、退屈しているらしい」
冗談めかして言うアベルに、ミーアは、
「まぁ、それはよくありませんわね。それならば、ひさしぶりに、たっぷり乗って差し上げますわ」
悪戯っぽい笑みで返した。
さて、着替えて、ウキウキで厩舎に向かう。と、アベルが誰かと話しているのが見えた。
「よぉ、嬢ちゃん。元気だったかい?」
ミーアのほうを見て、軽く手を挙げたのは、セントノエルを卒業したはずの林馬龍だった。ニヤリと豪快な笑みを浮かべるその顔に、ミーアは懐かしさを覚える。
「ご無沙汰しておりますわ、馬龍先輩。セントノエルにいらしてましたのね?」
「ああ、ちょうど近くに来てたところで、ラフィーナ嬢ちゃんが公都に帰る護衛を頼まれてな」
なぁんて、世間話もほどほどに……。
「ところで……な」
馬龍は、そこで、わずかばかり声を低くした。
スゥッと目が鋭くなり……、まるで睨むような視線を送ってくる。
――あら、どうかしたのかしら、馬龍先輩……。わたくし、なにか怒らせるようなことをしてしまったかしら……?
そんな彼の顔を見たのは初めてだったから、ミーアは思わず考えてしまう。
……思い当たる節は……ない!
そもそも、林馬龍と言えば、いつでも豪快で朗らかな笑みを浮かべている人物、多少、不快なことがあってもすぐに深い懐におさめて、笑い飛ばしてしまう人物、と……。ミーアはそのような印象を持っていた。
そんな人物が怒っている……いったい、なにがあったというのか?
少しばかり、姿勢を正したミーアに、馬龍は言った。
「ちょいと小耳に挟んだんだが……。なんだか、帝国で面白いことをやったんだって?」
「面白いこと……はて?」
なんのことやらわからずに、小首を傾げるミーアであったが……。
「あのレッドムーン家でのことじゃないかな。ほら、例の馬術大会……」
アベルに言われて思い出す。レッドムーン家の私兵団と皇女専属近衛隊との馬術勝負、後の世にいうミーアピックのことを……。
「ああ……あれですのね」
ポンッと手を叩いたミーア、であったが、直後、馬龍のほうに視線を向けて……若干、引く。
馬龍は、ものすごく……ものすごぅく! 悔しそうな、口惜しさを噛みしめた顔をしていたからだ。
「酷いじゃねぇか! そんな面白そうなものがあるのに、俺たち騎馬王国に一言もないなんて!」
グッと拳を握りしめて、嘆く、嘆く!
「しかも、速さ勝負だけじゃなく、馬上戦闘や、馬上弓術とか、いろいろやったんだろ? 嬢ちゃんだって、ホースダンスとかいうものを披露したそうだな」
「え? あー、ええ、まぁ……その……」
「そんな面白そうなことをやっておきながら、誘われないとは……。俺たちと嬢ちゃんとの仲は、そんなものだったのかよ……」
ずぅん、っといじけた顔をする馬龍。
ミーアは、チロリっとアベルのほうに目を向ける。っと、すすすっと視線を逸らすのが見えた。
どうやら、情報源はアベルのようだった。しかも、ミーアの姿を、まぁまぁ誇張して伝えちゃった節が見て取れた。なにやら手を合わせて、ごめん、とやっているアベルに苦笑いを返してから、ミーアは、こほん、っと一つ咳払い。
「此度の馬術大会は、あくまでもレッドムーン家との関係で開いた余興。次に開く時には騎馬王国の方たちもぜひ、おねが……」
「本当か? 絶対だぞ!!」
なにやら、やたらと気合の入った声で言う馬龍である。
「それに、他の一族の連中にも声をかけないとな」
嬉しそうに微笑む馬龍を見て……。
――あら、これ、下手したら、騎馬王国の方が全員で帝国に押しかけてきてしまうのでは?
なぁんて、そこはかとなく不安を覚えてしまうミーアであるが……それはさておき
「ああ、そうでしたわ。馬龍先輩、実は折り入ってご相談したいことがございましたの」
ミーアはポンッと手を叩く。
「聖ミーア学園で、馬についての教育をしたらどうか、と思っているのですけど、どなたか適任の方は、いらっしゃいますかしら?」
「馬の研究……? それは、より良い軍馬を作るための技術とか、そういった話か?」
一瞬、険しい顔をする馬龍だったが……。
「無論、それを目的とする貴族たちはいるでしょう。けれど、わたくしとしては、そのように限定的ではなく、もっと幅広く、総合的に馬のことを学べる場所があればよいと思っておりますの。馬の病気やケガの治療などの技術が進んでいけば、馬のためにもなると思っておりますわ」
それから、ミーアは、厩舎のほうに目をやって……。
「荒嵐にもできるだけ元気で、いつまでも走れる馬であってほしいですもの」
いざという時、乗ったはいいけれど、速く走れないのでは意味がない。後ろから追いかけてくる断頭台を振り切れる速さが必要なのだ。
――それに、危機的状況にあっては、若くて、まだよく知らない馬よりも、気心の知れた馬のほうが良いですし。
死地を共に駆け抜けた荒嵐には、できるだけ健康で、長生きしていてもらいたいと思うミーアである。
「そうか……。なるほどな、そういうことならば、誰か良いやつがいないか、探してみよう」
馬龍は、何事か感じ入った顔で、深々と頷くのだった。




