第一〇九話 ミーアが打つ! 絶品ウサギ汁に舌鼓を!
ムジクの後を追い、森の中を歩く。獣道のように曲がりくねった細い道は、川原を歩くのと同じ程度には過酷なものだった。
もはや疲労困憊のミーアであったが、かといって置いて行かれるわけにもいかない。
鬱蒼と茂る木々は、降り注ぐ日を遮っていて、森の中は全体的に薄暗い。
木陰から、ひょいっと得体のしれない化け物が現れるかも? などと要らぬ想像をして、震え上がるミーアである。
別に、お化けを信じているわけではないが、なんにでも怖がれるのが小心者の真骨頂。
出てくるのが幽霊でもオオカミでも、等しく飛び上がれるミーアである。
そんな、何が出てくるかわからない森に取り残されるなど、まっぴらごめんと、気合を入れて、一心に足を動かすミーアであった。
けれど、
――途中で休みを入れないとと思ったが、意外と体力があるんだな。馬術部に入ってると言っていたが、さすがはミーア姫だ。俺も負けてられないな。
ミーアの様子をうかがって、シオンは感心していた。
……完全な裏目であった。
よろよろ、よたよた、必死に歩き続けて、
「あら? 目の前にチカチカ光が瞬いてる? とってもキレイですわ……」
などと、ミーアが訳のわからないことをつぶやき始めたところで、
「着いたぞ」
目の前を覆う木々が一気に開けた。
たどり着いたドニ村は、十軒前後の民家があるだけの、小さな村だった。
どの家も木を組んで作った粗末な作りの家だ。
――猟師や木こりが集まってできた集落、といったところか……。
ざっと村を見て、シオンは判断する。
「うちは、ほれ、あっこだよ? あの丸い屋根の家だ」
ムジクの指さす先にあったのは、ほかの家と大差ない掘立小屋のような家だった。
「王都に行くにしても、明日になってからだんべ。今日はもう遅いから、うちに泊まっていくといい」
その言葉を聞き、シオンはホッと安堵の息を吐いた。
――今夜は、屋根のある場所で寝られそうだな。
そこで、ふとミーアの方に目を向ける。
森に狩猟に出ることもあるシオンにとっては、この手の小屋は比較的馴染みのある場所だ。けれど、大国の姫君のミーアにとってはそうではない。
もしかすると、家の造りを見て消沈しているかも……、と心配したシオンであったが……。
「ウサギはどうやって食べるんですの? やっぱり丸焼き?」
「おお、それもうめぇんだけどよ? 今日は鍋にしようと思って、野菜も用意してたんだ」
「まぁ! 煮込み料理! それは素晴らしいですわ! あっ、キノコとかも入れたら……」
「あー、お嬢ちゃん、キノコは見極めが難しいから、簡単に手出したら危ねぇぞ?」
「では、食べられる物を教えていただけないかしら? わたくし、ぜひともお料理を食べていただきたい方がいるんですの」
キラキラ瞳を輝かせながら、ミーアは料理に夢中だった。
家の様子などを気にしている様子は全くなかった。
――杞憂もいいところだな。野宿でも気にした様子はなかったし、意外とタフなのか。
シオンは苦笑いしつつも、改めてムジクの方を見た。
「ところで、大変なことになってるみたいですね」
「んー? なにがだ?」
「内戦が起きているのですよね?」
「んー? おお、よう知っとるなぁ。なんでもどっかの町で、そっだら下らんことで騒いでるみてぇだな」
「……くだらないこと、ですか。この辺では騒ぎになってないんですか?」
「いんにゃ? この辺りでは聞かんねぇ。なにせ、ほれ、ここいら田舎もんばっかでよ、そんなことやってるほど暇じゃねーのよ」
がはは、と豪快な笑い声を上げるムジク。それを見て、シオンは眉をひそめる。
――報告とだいぶ違うな……。てっきり、レムノ王国全土に及ぶ革命が起きたのだと思ったんだが……。
軍備拡張のために国王の課した重税、それに耐えかねて、怒りを爆発させた住民。
そんな情報を聞かされていたのだが……。
――ここが国境沿いの僻地だから……、そういうことなのか?
微妙な情報のズレに、シオンは小さく首を傾げた。
一方のミーアも、首を傾げていた。
木のお椀にたっぷりと入ったウサギ汁を飲みながら……。
――さすがに、本に載ってただけのことはありますわ。絶品ですわ!
口の中でとろける柔らかな肉、野性味あふれるワイルドな味と、豊かな山菜の味にミーアは舌鼓を打ち、初めのうちはご満悦だったのだが……。
ポカポカ、体が温かくなってきたところで、ふいに気づいたのだ。
「……これ、おかしいですわ」
お椀の中のウサギ汁をまじまじと観察する。
「食べるものは、普通にあるみたいですわね……」
考えてみれば、それは当たり前のことで、大陸を飢饉が襲うのは、もう何年か先の話だ。
食料は別に不足していない。
だから、不思議ではない。ないのだが……。
「……なんだか、おかしいですわ」
それは小さな違和感のようなもの……、いや、違和感とも言えないような、違和感の種のようなもの……。
けれど、奇妙に引っかかる。
「……ああ、甘いものがほしいですわ」
そんなことをつぶやきながら、ミーアはパクっとウサギ肉を口に放り込んだ。
「美味しい、けど、甘いものがほしい……」
贅沢極まりないミーアであった。