第九話 合わせて考えるべきですわ!
そこで、ちょうどタイミングよく料理が運ばれてきた。
ほかほかと上がる湯気、漂うは甘く濃厚なミルクの香り。
「おお……」
鼻をひくひくさせながら、ミーアは歓声を上げる。そのホワイトソースからちょこちょこと顔を出すキノコに、目を奪われたからだ。
――あれは、もしや、評判のヴェールガ茸ではないかしら……? 偽ヴェールガ茸と見分けがつきづらいから、なかなか食べることができませんでしたけど……。む、それにあれは旨芽慈茸……滋味深い旨味がたまらぬ一品ですわ。それに、あの表面に浮いている緑色の粉……あれは、干した抹茸を粉にして浮かべているのではないかしら……? 風味の中に独特の、お茶のような香りがありますわ。それに……ああ、ふふふ、やはりございましたわね。キノコの王、紫偉茸……。あれが入ると入らないのとでは、味がまったく変わりますし……。しかし、これで、四種……残り六種が隠れているとは、これは、実に楽しみ……。
まったく、個性の異なるキノコを十種も入れてしまおうという発想にミーアは思わず笑みを浮かべる。
――これは、一杯で十回楽しめるシチューですわ……!
ミーアはニコニコしながら、シチューをすくい、口へと運ぶ。ふわりと香る、濃厚なホワイトソースの甘い風味、抹茸の豊潤な香りが、そこに彩りを加える。たなびく風味と共に、舌の上に広がるのは、実に濃密、重厚な味。熱々のキノコを、ほふほふと舌の上で転がし、歯で噛めば、こりりっと心地よい歯ごたえが口の中に響く。
――おお、これは、実に愉快ですわ。いろいろな心地よさが混然一体となって……うふふ、なるほど。十回楽しめるかと思いましたが、そうではありませんわね。これは……。
ミーアは、うん、っと頷いて……。
「合わせて考えるべきですわね……」
ミーアは上機嫌につぶやいた。
それを聞いていたのは、ラフィーナだった。
ここ最近の出来事で、すっかり心が傷ついていたラフィーナは、他の人が食べるのを待って、様子を見てから、自分が食べる癖がついてしまっていたのだ。どうやら、まともな食材っぽいぞぅっと確認したラフィーナはようやくスプーンを手にとろうとしていたところだったのだが……。ミーアの言葉を聞いて眉をひそめた。
「ええと、それはどういうことかしら? ミーアさん……」
その言葉の真意を探るように、ミーアを見つめるラフィーナ。だったが……その目が、すぅっと細くなる。
「いえ、なるほど……。つまり、パライナ祭の件と合わせて、神聖図書館長を説得してしまえと……そう考えているのかしら?」
「え? あ、ええ……そ、そうですわね。もしも、そうできたら一挙に解決できるな、と思っただけで……」
さすがに「キノコシチューのことを考えていました!」などと言えるはずもなく……。ミーアは、とりあえず、ラフィーナの言うことに乗った。
「パライナ祭……?」
目を瞬かせたのは、パティとハンネスだった。ちなみに、あの場に居なかったリオネルは、といえば、すでにレアから聞かされていたのか、訳知り顔で頷いてから、
「パライナ祭というのは、ヴェールガ公国で昔、行われていた祭りです。もしかすると、ハンネス殿はご存じでは?」
「確かに、聞いたことぐらいはありますが……」
怪訝そうな顔をするハンネスに、リオネルが続ける。
「そのパライナ祭を復活させて、ミーア学園の存在を世に知らしめることを、妹のレアが思いつきまして……」
話を振られ、レアが口を開く。
「実は、先日……」
村での出来事、ヴェールガ国内におけるミーアの評判、さらに、ミーア公安の共同プロジェクトのことを説明する。
それを聞いて、ハンネスが感心したような顔をする。
「なるほど、魚を……。さすがは、姉上の孫娘……。素晴らしい発想だ。それでパライナ祭の開催許可をもらうと同時に、図書館長と関係を築き、入館許可ももらってしまうと……」
「そうですね。神聖図書館の館長、ユバータ司教はパライナ祭と関係の深い方……。確かに、一気に解決することはできるかもしれませんが……そのためには、やはり、最低限、パライナ祭の内容を決めて、それで説得しなければなりませんが……」
「ふふふ、心配は無用よ。レアさん」
っと、そこで、ちょっぴりドヤァッとした顔で、ラフィーナが言った。
「合わせて考えるべき、とミーアさんが言っているのだから、ミーアさんには良い腹案があるに違いないわ」
朗らかに友を誇る口調で言ってから、ラフィーナはミーアのほうに目を向けて……。
「そういうことでしょう?」
「…………はぇい……ええ、も、もちろんですわ。当然のことですわ!」
ミーア、危うくヘンテコな声を出してしまいそうになり、慌てて修正。それから、水をゴクゴクと飲んでから、検討する。
――確かに、パライナ祭の方針について、先ほど、お風呂で思いついたことは理に適っていたように思いますけれど……。
刹那の逡巡、その後、ミーアは口を開く。
「実は、パライナ祭の件で、一つ、わたくしのほうからも、提案したいことがありましたの」
「提案、ですか?」
「ええ。レアさんの発案では、各国の学校を集めて知識を共有するということでしたけれど……」
そこで、ミーアは言葉を切る。扉が開き、お替りが運ばれてきたことを確認。
この難局を乗り切れば、美味しいシチューが待っているぞ! と自分を励まし、
「レアさんのお考えは、もちろん良いと思うのですけれど、わたくしは、それに加えて、各国の意識を変えるよう、働きかけるものになればいいと思いましたの」
「意識を変える……と言いますと……?」
きょとんと目を瞬かせるレアに、小さく頷いて見せてから……。
「つまり、わたくしとしては、セントノエルの特別初等部、あるいは、我が国のミーア学園のように、平民たちからも広く生徒を取ることの価値を示したいと思いましたの。その生徒たちの功績を示すことで、貴族たちの平民に対する見方を変えたいと思っておりますの。彼らが平民を侮ることがないように……その価値を、しっかりと理解し、適切に扱うようになる、そのきっかけ作りができればいいのではないか、と思っておりますの」




