第八話 ミーア姫の原点回帰……キノコ
その日の夜のこと。
ミーアは早速、ハンネスとラフィーナとの面会の場を設定することにした。
幸い、ラフィーナは急いで公都に帰ることもなく、数日間はこの地に滞在する予定だという。なので、晩餐会の予定を取り付けることは容易だった。
「はじめまして、ハンネス・クラウジウス殿。本当に、お若いのですね」
「ははは、若く見えるだけでございます。実際には、あなたのお父君よりも年上でございますよ。高名な聖女ラフィーナさまと、こうしてディナーをともにできること、光栄至極にございます」
さすがに、クラウジウス侯を継いだだけあって、ハンネスの態度は落ち着いたものだった。
「私も、ミーアさんの大叔父さまにお会いすることができて光栄です」
ラフィーナは涼やかな笑みを浮かべてから……ふと、探るように上目遣いで見つめて……。
「それに……ハンネス殿は、古き蛇の教育を受けているとか……。その点でも、協力できることがあると思っているのだけど……」
「ああ……それはもちろんです」
対して、ハンネスは穏やかな笑みで応じる。
「蛇は私を……それ以上に我が姉を苦しめた……」
パティのほうにチラリと目を向け……それからハンネスはラフィーナを見た。
「ですから、ご協力することは望むところです」
「蛇に復讐をしたい、と……?」
「いえ……。それは、すでに姉が……そして、ミーア姫殿下が成してくださいました。だから、私は、同じように蛇によって苦しめられる人たちが出ないようにしたいというだけです」
その声は相変わらず穏やかで……されど、揺るがしがたい、確固たる意志のような者が窺えた。
そうして、和やかな雰囲気で晩餐会は始まった。
参加したメンバーは、ラフィーナとハンネス、ミーアとパティ、さらに、レアとリオネルも揃っていた。
帝国の重鎮とヴェールガの重鎮とのトップ会談と言ったメンバーではあるが……そんなことよりミーアとしては、本日のお料理が気になって仕方ないところだ。
――十種のキノコシチューには興味がございますわ。はたして、どのようなキノコを使っているのか……ふふふ、最近は珍味に心を奪われることもございましたけれど、やはり、わたくしの原点は黄月トマトと野菜ケーキ……そして、キノコですわ!
色々な珍味を試してはみたが、もしも、明日世界が終わるならば、最後に食べるのは、黄月トマトのシチューと野菜ケーキ、キノコ料理にペルージャンクッキーにカッティーラ、さらに、騎馬王国のミルクに、レムノ王国のウサギ鍋に……。
めくるめく美食メニューが目の前を過り、最後に食べる物をなかなか決められないミーアなのである。
そうして、ウキウキしながら待っていると、ふと、視線を感じる。見ると、ハンネスがこちらを見つめていた。
ミーアは、わずかに考えてから……ポンっと手を打って、
「ところで、ラフィーナさま……。お聞きしたいことがございますの」
「あら、なにかしら……?」
ラフィーナは穏やかな笑みで応える。
――おや? ラフィーナさま、なにやら、ちょっぴり機嫌が良いような気がしますわね……。セントバレーヌでは少し緊張されて、お顔が強張っておられたと思いましたけれど……。まぁ、あの時は一触即発の状況でしたし……それに、オウラニアさんの見つけてきた食材が研究するに値するか精査しなければなりませんでしたしね。気が休まらなかったのですわね。
それに引き換え、ここはセントノエルだ。
きっと慣れ親しんだセントノエルで、心を休めているのだろう。
「ミーアさん?」
「いえ……。ラフィーナさま、これはわたくしが言うことではないかもしれませんけれど、お疲れの時には、どうぞ、気兼ねなくセントノエルにいらしてくださいませ。わたくしは、あと一年半で卒業してしまいますけれど、ここに通う生徒は、みな、ラフィーナさまをお慕いしておりますから」
「……ミーアさん」
ラフィーナは、ものすごぅく嬉しそうな、輝く笑みを浮かべて、勢いよく頷いた。
それから、怪訝そうに首を傾げて……。
「ええと、ミーアさん、私に話したいことというのは、それかしら?」
「ああ、いえ、そうではありませんわ。実はヴェールガ公国の神聖図書館のことなのですけれど……。わたくしたち、帝国の者であっても、収められた本を読むことはできますの?」
「ええ、もちろん、ヴェールガの人間でなくとも入館の希望を出すことは可能よ。可能ではあるのだけど……」
っと、ラフィーナは眉をひそめた。
「どうしてそんなことを?」
首を傾げるラフィーナに、ミーアは一つ頷き、それからハンネスのほうに目を向けた。
ハンネスは、心得た、と口を開いた。
「実は……」
ハンネスの話を聞いて、ラフィーナは難しい顔をする。
「それで、神聖図書館の本を……。それは少し難しいかもしれないわね。特に、地を這うモノの書や、それに類するものの翻訳にまつわることは余計ね」
「と言いますと……? 禁書に類する者も収められている区画だから、限られた者しか入ることができない、ということでしょうか?」
ハンネスの問いに、ラフィーナは深々と頷く。
「簡単に言ってしまうとそういうことです。信用のおける者……あるいは、地を這うモノの書を読んだとしても誘惑されず、感化されて蛇にならない者、そのような方たち以外は、そう言った本には触れられないようになっています」」
それを聞いて、ミーアは腕組みしつつ唸る。
「ちなみに……ラフィーナさまの推薦をいただくというのは……やっぱりなし、でしょうね」
神聖図書館は独立性の高い機関だと聞く。まして、館長がルシーナ司教と同様、ラフィーナが他国の姫と親しくすることを、よくは思わないだろう。
「そうね。あまり意味はないかもしれないわ。まぁ、話しぐらいは聞いてもらえるかもしれないけど……」
そんなやり取りを横で話を聞きながら、レアは、ミーアの言葉の正しさを認めた。
――ミーアさまのお願いで、ラフィーナさまが動く、ということを、あまりしないほうが良いというのは確かなことだ……。
もしも、ミーアを快く思わない者がいるとして、その者が取るべき第一の策は、ミーアとラフィーナとを引き離すことだ。けれど、それができないとなれば、別の策を取るだろう。
すなわち、ミーアとラフィーナを分断するのではなく、ラフィーナをミーアの側につけて、ヴェールガと分断を狙うだろう。
聖女は、ミーア皇女の軍門に下ったと民衆を煽りつつ、ラフィーナの耳元で、こんな国を捨てて、帝国に亡命したらどうでしょうか? とでも囁いてやればいい。
――って、さすがに、そんなに悪辣なことを実行する人は、ヴェールガにはいないと思うけど……。