第七話 進め! ハンネス探検隊!!
寮内の迎賓室にて、ミーアたちは、ハンネスを迎えることになった。
ちなみに、パティはもちろん、ベルとシュトリナも同行している。
シュトリナは、蛇関連の助言をもらうため、ベルはハンネスの冒険譚を聞くためである。
「ご機嫌麗しゅう、ミーア姫殿下。ご令嬢方も……」
やって来たハンネスは、深々と頭を下げる。相変わらず、その姿は若々しい。ミーアの父より年上とはとても思えない。せいぜいが二十代半ば……場合によっては十代に見えそうなほどに、若々しい生気に溢れている。
だからだろうか、ハンネスとパティを見ると、親子、もしくは、年の離れた兄妹に見えるので……。
「お元気そうでなによりです。姉上」
「ハンネス……ここでは、蛇の監視があるわけではないのだから、別に、お姉ちゃんって呼んでくれても……」
そんなやり取りを見ると、一瞬、頭が混乱してしまうミーアであったが……それはさておき。
「ご機嫌よう、ハンネス大叔父さま。歓迎いたしますわ」
ニコやかに微笑みながら、お茶菓子を勧めるミーア。ちなみに、それは、ラーニャ姫が市場で見つけた、南国のドライフルーツだった。
本来は赤い棒状の果実らしいが、皮をむくと中からは白い果肉が現れるとか。
果肉を薄く切って干したものは、少々、黒ずんではいるものの、大変甘い代物で、ミーアのお気に入りになっていた。
早速、それを口に入れつつ、ミーアは尋ねる。
「それで、今日はどのような用向きでいらっしゃいましたの? 例の、ヴァイサリアンの故郷、霧の海の話かしら?」
水を向けられて、ハンネスは少しだけ真面目な顔で頷く。
「ええ。その霧の海のことです。ええと……あの、ヴァイサリアンの姉弟は、ご一緒ではないのですか?」
「ああ、ヤナとキリルですわね。ええと……」
っと、ミーアの意を汲んで、ササッと出て行ったのは腹心のアンヌである。数分後、ヤナとキリルを連れて戻って来たアンヌは、ササッとテーブルの上のお茶菓子を確認。お皿が半分空になっているのを見て取って……。
「ミーアさま、食堂のスタッフの方に聞いたのですが……今夜のメニューは十種のキノコシチューだとか……」
「ほほう……!」
ミーア、すかさず、お茶菓子のお皿に伸ばしていた手を引っ込める。そんな主従の愉快なやりとりを尻目に、ハンネスは話し出した。
「やはり、ヒントはあの曲でした。それも後半の……君が歌ってくれたところだ」
それから、ハンネスはヤナのほうに目を向けた。
「君の母上は、やはり、ヴァイサリアンの族長の直系に近しい人だったのだろう。本来の音階とヤナ嬢が歌ってくれたもの、その差から導き出された数字が大きなヒントだった」
言いながら、ハンネスはテーブルの上にガレリア海の海図を広げる。
「初代皇帝の碑文がある島……現在、ヴェールガの調査団が拠点として使っているあの島が、ここです」
ハンネスは、地図の一点を指さし、
「ここを起点として、音階から導き出された地点を算出し……」
っと、指で印をつけていく。
「さすがは海洋民族と言われるだけあって、彼らの測量は恐ろしいほどに正確でした。あるいは……それもまた蛇の知識なのやもしれませぬが……」
難しい顔でそう言ってから、ハンネスは首を振った。
「ともあれ、私と、ヴァイサリアン族の精鋭船乗りは、ついに辿り着いたのです。霧の海……ヴァイサリアンの隠れ里へと!」
そうして語られるは……ベルが目を輝かせる大冒険だった! 大冒険! だった!
上陸したのは、数多の船が沈む死の海岸線。幽霊船と見まごうばかりの海賊船を横目に、ハンネスたちはゴツゴツとした岩場に上陸。黒い岩を踏み越えて向かった先は、霧にけぶる森だった。
グネグネと人をからめとり、食べてしまう食人植物! 人体ほどの太さがある大蛇! 船を丸呑みにするほどのワニが闊歩するその森を抜け……さらに、太い川では巨大人食い魚を殴り飛ばし……っと、そこまで聞いてミーアは……そーっとパティに耳打ちする。
「パティ……その、あなたの弟って、もしかして、少しばかり話を盛る癖があるのではないかしら?」
パティは、パチクリ、と瞳を瞬かせてから……。
「……いい子だけど、少し、調子に乗りやすいところは否めない……いい子だけど」
なぁんて言っていた!
ハンネスの話を五割引きで聞くことに決めるミーアであった。
さて、ハンネス探検隊は、ついにヴァイサリアンの隠れ里に辿り着いたのだという。
「里というよりも、そこは、一つの都と呼んでも差し支えのない場所でした。石造りの家が建ち並び、神殿のような建物もある、まさに王都。ですが、そこはすでに人が住まなくなった、死の都でした」
そうハンネスは、沈んだ声で言った。
「生き残りがいれば話を聞くこともできたのでしょうが……ただ、新しい発見もありました」
「と言いますと……?」
「いくつかの文書が、発見されたのです。神殿の地下に続く迷宮で……」
やや熱っぽい口調で語られる冒険譚。熱心に目を輝かせるのは、ベルだった。
「おお……すごい。いつか、ボクも……」
なぁんて、熱い吐息をこぼしているが、まぁ、それはともかく……。
「地下迷宮の奥深くにその古文書は残されていました。陶器の瓶に入れられていたからでしょうか……。保存状態は良く、十分に読むことができるものでした」
「まぁ! それでは……」
とそこで、ハンネスはゆっくりと首を振った。
「もっとも、解読はできませんでした。それは、今は使われていない、古の文字によって記されていたからです」
「古の文字……?」
「はい。古代帝国語でもなく、ヴァイサリアン族の伝統的な文字とも違う。大陸共通語とも異なる古き文字です」
「未知なる言語……」
「もしかすると、あの「地を這うモノの書」の原文ということもあるかもしれません」
「もともと水土の薬の作り方は、蛇の者たちが知っていた……。それが、地を這うモノの書の原書に近いものだとすれば、手掛かりはあるかもしれない」
しかつめらしい顔で言うパティに、一つ頷き、ハンネスはミーアのほうに目を向けた。
「そこで、ぜひともラフィーナさまにお力添えをいただきたいと思いまして……」
「あら、ラフィーナさまですの? それはどのような……」
突然のことに、ミーアは首を傾げる。っと、
「ヴェールガ公国は、中央正教会の本拠地。古の時代より、地を這うモノの書に対抗するため、その全容を明らかにするために、各地の古文書や知の集積に積極的であったとお聞きしています。そして、中央の図書館には、地を這うモノの書の写本のような、危険性の高い書物も焚書にせず収められ、研究されているとか……その図書館に、発見された文書の解析をお願いしたいのです」
「なるほど……ヴェールガ公国の図書館……ふむ?」
聞き覚えのあるその施設に、ミーアは思わず首を傾げる。
「……それは、もしや、パライナ祭と関係が深い神聖図書館のことかしら?」




