第四話 パライナ祭とは……
「はて……パライナ祭というと?」
きょっとーんと首を傾げるミーアに、ラフィーナがちょっぴり嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「パライナ祭は、ヴェールガ公国の神聖図書館、初代館長、聖人パライナに由来するお祭りよ。七年に一度、行われていたの」
瞳を閉じて、胸に手を当て、ラフィーナはそらんじる。
「我らはともに神に造られた人間。助け合い、共に前に歩み続ける者。ゆえに、有益な知識は独占せず、すべての国、すべての民に共有されるべき、と……。そのような考えのもと、各国の知識人や教育者を集めて情報交換する場を作っていたの。もちろん、祭りに参加できるのは、そういった一部の人たちだけじゃない。各国の民も招かれていたし、その恩恵にも与っていた」
仮に、なにか革新的な技術を発見したとして、それを独占できるのは最長で七年間。それ以降は、人類全体の革新のために情報を共有せよ、と……それは、そのような発想のもとで行われるものだった。
「もっとも、それが行われていたのは、今から二十年前まで。それも、形ばかりで、各国ともに一切を秘匿することなく、とはいかなかったようだけど……」
そこまで言ってから、ラフィーナはレアのほうに目を向けた。
「それを復活させる、と……?」
「はい。ただ、昔と同じ形で復活させるのではありません。知識人を招くのではなく、各国の代表的な学校が共同で行う催しの形でするのはどうか、と思いまして……」
セントノエルを真似て、学校を作ろうとしたのは、なにもミーアだけではない。サンクランドやレムノ王国はもちろん、他ならぬティアムーン帝国にもいくつかの学校が存在している。代表的なのは、ブルームーン家、グリーンムーン家が共同出資した学校だ。
その他の国々にも大小さまざまな学び舎は存在している。それは、ひとえに、セントノエルに招かれなかった貴族の子弟たちの心情を慮ってのもの。セントノエルに通う者たちをうらやむ彼らの心を慰めるためのもの。
また、中央正教会も学校の設立を推奨している。場合によっては、その地に派遣された司教が中心となって学校を建て上げることも、ままあることであった。
「なるほど、かつては各国知識人の情報共有の場であったパライナ祭を、各国の学校の情報共有の場として執り行うと……。そして、その学校の中にはもちろん……」
「はい、聖ミーア学園にも協力していただきます。そして、そこでミーア学園の存在をアピールするのはどうか、と……」
「なるほど、寒さに強い小麦を生み出し、大陸から飢饉をなくすという、ミーアさんの崇高な志を世に示すのね。それに、平民や貧しき民にも教育を施すという学園の在り方も、中央正教会の考え方に一致する……でも」
っとそこで、ラフィーナは難しい顔をする。
「問題は、神聖図書館の館長の同意を得られるかどうか、かしら……」
その言葉に、レアも小さく頷いて……。
「はい。私もそれが懸念点でした」
「はて……? どういうことですの? なぜ、図書館館長の同意が?」
首を傾げるミーアに、ラフィーナが腕組みして……。
「パライナ祭は、その始まりの経緯から、神聖図書館の協力が不可欠のものなのだけど……神聖図書館は中央正教会からの独立性の高い組織なの。仮にお父さま……ヴェールガ公爵であっても、言うことを聞かせられるとは限らないのよ」
「まぁ、ラフィーナさまのお父さまでも……それはなかなか、難儀なことですわ」
「しかも、パライナ祭が取りやめになって経緯も問題なの。有名無実化していた祭りを嘆いた嘆いた当時の館長が、自ら取り止めを命じているから、再開するとなれば、それ相応の説得の材料が必要になるかもしれない」
ラフィーナの言葉に、レアが複雑そうな顔を見せた。
「現図書館長のユバータ司教はお父さまの旧知の人です。なので、その方向から話を持って行っていただくことも考えられなくはないのですが……。父と懇意ということは、必然的に……」
「ああ、なるほど……。少なくとも味方とは言い難い方と……そういうことかしら?」
もしかすると、例のルシーナ司教が手紙を出していた友人の一人であった可能性もあるかもしれない。ならば、ミーアの存在を好ましく思わない可能性もあるわけで……。
「かといって、勝手に別のお祭りをするわけにもいきません。これは、あくまでも、伝統あるパライナ祭としてやらなければ意味がないことなので……」
目的は、あくまでも聖ミーア学園並びにミーアが『伝統あるヴェールガの権威』によって認められることだ。もしも、新しく自分たちで祭りを始めるだけならば、ラフィーナが一言、ミーアは素晴らしいお友だち! と宣言する以上の効果はないだろう。
それはそれで、効果はありそうだし、ラフィーナは嬉々として……ウッキウキで、やりそうではあるが……。
――その場合、学園の名前に自分の名前を使う自己顕示欲の強い皇女に、人の良い聖女ラフィーナが騙されている……なぁんてことを言われる可能性もありますわね……。ううぬ……それは確かに、共同プロジェクトを邪魔する者たちが現れるかも……。
逆に、パライナ祭をするのであれば、その場で、共同プロジェクト開始の宣言をしてしまうことだってできるかもしれない。
――まぁ、聖ミーア学園の存在を知らしめることは、確かに大切なことかもしれませんわ。セントノエルと並び立つ学園なのだと事前に知らせておかなければ、セントノエルの名声を利用しているだけ、と取られかねないわけですし……。
そこまでは理解できるが……ミーアには一つだけ懸念があった。それは……。
――問題は、聖ミーア学園の本当の姿を見せてしまって良いのかどうか、ということですわね。
ミーアにとって、聖ミーア学園とはミーアエリートが集う魔窟である! 七色に輝くミーア木像などを、嬉々として飾っているような連中の巣食う場所なのである!
そのような場所の存在を高らかに、朗らかに……ヴェールガに知らせても良いものか……ミーアとしては甚だ疑問なわけで……。
――下手に学園の生徒たちを見たら、ますます悪評が立ってしまう可能性もございますわね。どうしたものかしら……。
いまいち、気が進まないミーアであった。