第三話 獅子味……漏れ出……さない!
「ようこそ、いらっしゃいました。レアさま」
村長を名乗った老人は、穏やかな笑みを浮かべて頭を下げた。礼を返したレアは、ふと、村長の手に一枚の絵が抱えられていることに気づいた。その視線に気づいた村長は、慌ててそれを背中に隠し……。
「え、ええと、これはその……ラフィーナさまのサインを孫に頼まれまして……」
ちょっぴり早口で言う村長である。
レアは穏やかな笑みで頷いてから、
「申し訳ありません。ラフィーナさまは事情があって……」
「はい。神父さまにお聞きしております。レアさま、ようこそ、我が村へ。歓迎いたします。今宵、我が村の祝宴にご参加いただけること、心よりお喜び申し上げます」
それから、村長は、わずかばかり表情を曇らせて……。
「しかし、申し訳なきことながら、今宵の食事は例年に比べ、いささか少なくございます。これは、農作物の不作によるところゆえ……」
村長の言葉の意味を、レアは正確に読み取った。
――なるほど、つまり来たのがラフィーナさまではなかったので、食事が粗末になったのではない、とそう言いたいんだ。……
ラフィーナとレアとで扱いに差をつけることはない、すなわち、レアを軽視するのではない、と彼は言いたいのだろう。
逆に言えば、そう誤解されかねないほど、使える食料が限られているということなのだろう。
そんな事情を察して、レアは優しい微笑みを浮かべる。
「心得ております。元より、ラフィーナさまはおっしゃったはずです。今年は農作物の不作ゆえ、回遊聖餐の食事の準備には、できるだけ無理のないように、と。私も事前に聞かされていますから」
それから、村長をいたわるように続ける。
「しかし、この辺りの村でも、やはり不作は深刻なのですね」
レアの問いかけに、村長は眉をひそめた。
「はい。農作物の不作による食料不足で、村の者たちが心配しています。本来であれば……」
っと、なおも続けようとする村長を、レアは片手で制した。
「先ほども言いましたが、状況は理解しています。そして、どうぞご安心ください。小麦が足りなければ、すぐに助けが届きますから。どうぞ無理なさらずに、お知らせください」
そのレアの言葉に、村長は、おお、と声を上げた。
「それに、食料不足や飢饉の回避について、現在、我がヴェールガのセントノエル学園とティアムーン帝国の聖ミーア学園が共同で、プロジェクトを立ち上げたところです」
「はて……聖ミーア学園……?」
途端に、村長は不審げな顔で首を傾げる。
「はい。ティアムーン帝国のミーア皇女殿下の肝いりで、帝国に建てられた学園です。寒さに強い小麦の開発など、飢饉対策に力を入れていて……」
「それは……その、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫……とは?」
首を傾げるレアに、村長は言った。
「聖ミーア学園という、その怪しげな学園のことです。そもそも、学校に自分の名前をつけるというのは、浅ましい自己顕示欲のように思えますが……。セントノエルとの共同研究も、もしや、その学園が名を売るために利用しようとしているのかも……。そのような学園と共同で何かをするというのは、セントノエルにとってはマイナスとはなりませんか?」
っと……そこまで聞いたところで、ミーアは……、
――ですわよね!
心底、村長に同意した! 我が意を得たり、と言った感じだった!
――まさに、その通りですわ。なぜ、学園にわたくしの名前がついているのか……前々から、気になっておりましたわ。こんな学園を建てたら、目立ちたがり屋だと思われるに違いない、と心配したものですけれど……。その村長さんの気持ちがよーくわかりますわ。
胸中でうんうん、と頷くミーアである。
「なるほど……そんな感じで、共同プロジェクトにも懐疑的だったと、そういうことですわね?」
「はい、そうなんです。ミーアさまのセントノエルでの素晴らしい振る舞いなどを教えようとしたのですが、言葉の拙い私では、わかってもらえたかどうか……」
「いえ、それはレアさんのせいでは……」
っと、ミーアがフォローを入れようとしたところで……。
「そう……そういう無理解は、やはりよくないわ……。やはり、私が直接行って、わからせ……」
「それは、許せないわー」
っと、なにやら獅子味が漏れ出したような気がした、まさにその瞬間、意外な声が響いた。
「あら、オウラニアさん、いつの間に……」
いつの間にやってきたのやら、背後に立っていたオウラニアは、むぅーっと頬を膨らませ、
「そんな物わかりの悪いヤツにはー、八目ウミヘビのモツを口に突っ込んでー」
「……おっ、オウラニアさん!」
ラフィーナが、焦った声を上げた。
「はい? なんですかー? ラフィーナさまー」
きょっとーんっと小首を傾げるオウラニアに、ラフィーナは、
「民に……いえ、誰にでも、そのような乱暴なことは、してはいけないわ……絶対に」
なにやら、ものすごぅく実感のこもった声で言うラフィーナであった。
「そうですよ、オウラニア姫殿下。第一、八目ウミヘビは珍味として有名ですし、そんなに罰にはならないじゃないですか?」
「えっ……?」
信じられない物を見た、と目を見開いて、レアのほうを見るラフィーナ。
「えっ……?」
一方、レアのほうは、心底、不思議そうな顔で首を傾げた。
レアのような、ご令嬢であっても、珍味の色に染めてしまう……セントバレーヌは恐ろしい場所なのだ。
「あらー、レアちゃんは八目ウミヘビの味は知ってるのねー。さすが、釣り好きのリオネルくんの妹さん。なかなか、ツウだわー」
なぁんて、感心している。
まぁ、それはともかく……。
「それより、聖ミーア学園とミーアさまの存在を事前に、周知させる必要があるのではないかと思います」
「ええ、それは、大切なことね。具体的にはどうしようというのかしら?」
気を取り直して、問いかけるラフィーナに、レアは深々と頷き、
「パライナ祭を復活させるというのは、いかがでしょうか?」
厳かな口調で言った。