第二話 レアの相談
レアについて、ミーアとラフィーナは生徒会室へとやって来た。
「お疲れのところ申し訳ありません。ミーアさま、ラフィーナさま」
頭を下げるレアに、優しく微笑み返し……。
「いいえ、構いませんわ。あ、そうだ、アンヌ、申し訳ありませんけれど、この後、すぐにお風呂に入れるよう、準備をしておいてちょうだい」
「かしこまりました、ミーアさま」
アンヌは、ドン、と胸を叩いて請け負った。
「セントバレーヌで手に入れた、新しい香油をお試しいただけるよう用意しておきますね」
ミーアの美容と入浴には余念のない忠臣アンヌである。旅で少しばかり荒れたミーアのお肌のケアをすべく、忠臣の鼻息は荒い。帝国の叡智の美肌の品質は、アンヌの手にかかっているのだ。
実に頼りがいのありそうな顔で出て行くアンヌを見送り、それから、ミーアは改めてレアのほうに目を向けた。
「改めてレアさん、今回のこと、とても助かりましたわ。ラフィーナさまに来ていただかなければ、こうも上手くすべては片付かなかったでしょうし……」
ミーアの言葉に、ラフィーナも頷く。
「友人の危機に駆け付けることができたこと、すべてあなたのおかげよ、レアさん。本当にありがとう」
なにやら、微妙に実感がこもった……こもり過ぎた口調で言うラフィーナに戸惑いを見せつつも、レアは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「いえ、あの……本当にそこまで上手く代理を務められたか、甚だ不安ではあるんですけど……精一杯、務めさせていただきました」
などというやり取りを終えて、一段落ついてから、改めてミーアは言った。
「それで、お話というのはなにかしら?」
問われ、レアはすぐに真剣な顔をする。
「はい、実は、回遊聖餐でいくつかの村を回ってみた実感なのですが……」
そうして、レアは話し出した。
回遊聖餐での出来事を……。
あの日、セントバレーヌを後にしたレアは一路、回遊聖餐の巡回コースを目ざした。
もともと、レアは、いざとなればラフィーナの代理を務めることになっていたため、今年の順路は熟知していた。
「たぶん、今頃は、あの村に……」
っと、レアから村の場所を聞いた慧馬は、
「心得た。安心して、任せてもらおう」
などと、実に、実に頼もしいことを言い……そして、その言葉の通りに振る舞った。
巧みな馬の乗り手である慧馬であるが、さらに、相棒の羽透を先行させることで、夜闇の中も、馬を走らせ続けることができたのだ。
そうして、極めて迅速かつスムーズにラフィーナとの合流を果たしたレアである。
「レアさん、どうしてここに……?」
目を丸くするラフィーナに、レアは素早く事情を話し、セントバレーヌに行ってもらえるように説得した。
「ミーアさんの危機……。でも……」
っと、ラフィーナは不安げな顔をしたが……すぐに首を振る。
「ミーアさんならば……お一人でもなんとかできるのではないかしら?」
「ラフィーナさま……」
そんな彼女に、レアはギュッと拳を握りしめる。ラフィーナがなぜ、そんなことを言うのか、理解できたからだ。
――私が、頼りないから……。
回遊聖餐の代理を任せられないから……だから、心配だけど行けない、とラフィーナは言っているのだ。が……。
「どうぞ、行ってください。回遊聖餐は、私が勤めます」
胸に手を当てて、レアは言った。震えそうになる声を堪えながら……。
「お任せください。私は……中央正教会司教の娘……いえ」
一度、ギュッと目を閉じて……それから、真っ直ぐにラフィーナを見つめる。
「私は、セントノエルの生徒会長をミーアさまから継いだ者です」
こんな大口を叩いて失敗したらどうしよう……そんな弱気の声を無理やり飲み込み、レアは笑みを浮かべる。
「大丈夫ですから……。行ってください、ラフィーナさま」
「レアさん……」
ラフィーナはジッとレアの顔を見つめてから……。
「無事に務めを果たせるように祈っているわ、レアさん」
「ラフィーナさまも……。そして、どうか、セントバレーヌでの騒乱が無事におさまりますように、祈ります」
そうして、二人は別れた。
さて、そんなやり取りを経て、ラフィーナを送り出して後、レアは回遊聖餐の司式を執り行うことになった。
「ラフィーナさまの代理で、回遊聖餐に参りました。レア・ボーカウ・ルシーナです」
レアを出迎えた村の神父は一瞬、心配そうな顔をして……。
「ラフィーナさまに、なにかございましたか? お体の調子が優れないとか、あるいは……」
「いえ、ラフィーナさまは、どうしても欠かせぬお勤めを神からいただき、そちらに出向かれました」
回遊聖餐はれっきとした中央正教会の儀式だ。
村々を回って、美味しいお食事を一緒にいただくだけの楽しい楽しいイベントごと……などと、どこかの大国の姫殿下は想像するかもしれないが、決して、そんなことはない。
それは、統治者と民との絆を深めるための、神聖典の記述に基づいたものなのだ。
ゆえに、もしも代理を立てる際には、それ相応の理由が必要となる。
ともあれ同時に、儀式は厳守すべきものであって、死守すべきものではない、というのも、彼らの常識として根付いているものであった。厳しく守らなければならないが、死んでまで守る必要はない。重大な事態が起きた時には、そちらを優先しても良いし、神からそのような命を受けることもある、というのが、彼らの認識だった。
ゆえに、レアからそれを聞いた神父は、穏やかな顔で頷いてから、
「そうでしたか……。ようこそおいでくださいました。どうぞ、村の代表者たちがお待ちです」
そうして、レアを優しく迎え入れてくれたのだが……。




