第一話 セントノエルへの帰還
「みなさん、お世話になりましたわ」
その日……ミーア一行が、セントバレーヌを旅立つ日のこと。
ミーアは、ルシーナ司教邸の人々、それに、商人組合のビオンデッティ、クロエの父マルコ・フォークロードら、見送りに来てくれた人々に笑顔で挨拶した。
来た時は、大きな問題が山積みであったが、今となってはすべてが懐かしい。
――絶品の珍味三昧も楽しめましたし、食の奥深さを知ることができましたわね。あの、オウラニアさんお手製の八目ウミヘビの姿焼きは、ちょっとグロテスクでしたけれど……。ふふ、なにごとも経験ですわね。あんなにサックリあっさりとしたお味になるなんて……。
そんなことを思っていると、ルシーナ司教が深々と頭を下げてきた。
「この度は、本当にご迷惑をおかけしました。旅のご無事を祈っています」
「感謝いたしますわ、ルシーナ司教。こたびはいろいろなことがございましたけれど、この出会いもまた天の配剤。むしろ、このセントバレーヌに民を想う方がいると知ることができた、ルシーナ司教と面識を持つことができたことを、わたくしは感謝いたしますわ」
ニッコリ笑みを浮かべてから、ミーアはふと、ラフィーナのほうに目を向けた。
――そういえば、最初にルシーナ司教のことを聞いたのは、ラフィーナさまからでしたわね。わたくしとあまり仲良くするなと諫言されたと、愚痴を言っておりましたっけ……。
それも、今では遠き過去のこと。まさか、本当にルシーナ司教の思惑を蹴っ飛ばすような羽目になろうとは夢にも思っていなかったが……。人生、予想のつかないものである。
苦笑いを浮かべつつ、ミーアはラフィーナに言った。
「ではラフィーナさまも、お元気で……。また、冬のわたくしの誕生祭にはご招待……」
と言いかけた言葉を、ラフィーナは、スッと片手を上げて遮って……。
「レアさんは、回遊聖餐を終えて、そのままセントノエルに帰ったはずだけど、ぜひ、お礼が言いたいわ」
そんなことを言い出した……!
「あら? と言いますと……?」
首を傾げるミーアに、ラフィーナは涼やかな笑みを浮かべて、
「私もセントノエルまでご一緒します」
「まぁ、そうなのですね。でも、大丈夫なんですの?」
「ええ、問題ないわ。それに、レアさんと回遊聖餐の引き継ぎもしたいしね」
あくまでも、公務の一環だから、と澄ました顔で、そう主張するラフィーナ。
そうして、ちゃっかりお友だちとの旅行の延長をはかるのである。
まぁ、嘘は言っていないので、咎められることではないのだが……。
「わかりましたわ。そうしましたら、護衛は我が皇女専属近衛隊の者たちにお任せくださいませ。それに、旅のお食事も期待していただいても結構ですわ」
旅の食事……と聞き、一瞬、ラフィーナの顔が引きつったような気がしなかったでもなかったが……。
「ああ……そうか。オウラニアさんとクロエさんが関わっていないなら……大丈夫かしら? 大丈夫よね? うん……」
なぁんて、なにやらつぶやく、ちょっぴり傷心のラフィーナであった。
かくて、一行は無事にセントノエルに到着した。
馬車を降りて早々に、ミラナダ王国出身の生徒が詫びを入れてきた。
「手紙で知りました。父のこと、大変お世話になりました」
深々と、それはもう、地に付きそうなぐらいに頭を下げる少年に、ミーアは一瞬考えて……。
「ああ、ビアウデット伯だったかしら……。自制的な方で助かりましたわ」
「寒さに強い小麦の件と言い、感謝の念に堪えないと、父が申しておりました」
「はて、感謝……?」
きょっとーん、と首を傾げるミーアであったが……。
――ああ、もしかして、ティオーナさんのお父さまと同じタイプの……。
っと納得し、いささか頬をひきつらせつつも、
「ま、まぁ、苦しゅうない、ですわ」
余裕たっぷりに返事をする。
続いてミーアの前に表れたのは、一足先に帰っていたレアだった。
「お疲れさまです、ミーアさま。この度は、父のことで、大変なご迷惑を……」
「いえ、ルシーナ司教にはお世話になりましたわ。それに、お母さまのレベッカ夫人、あの方は、とてもお料理上手ですわね。堪能いたしましたわ!」
美味しいものは、すべてのいさかい、わだかまりを洗い流すカギなのだ。特に甘いものと、美味しいキノコの類は、効果抜群だ。ミーアの中では、そうなっているのだ。
そんなわけで、たいそう穏やかな顔をしているミーアに、レアは安堵した顔を見せた。
「それよりも、回遊聖餐のお勤め、無事にやり遂げたんですわね」
ミーアとしては、むしろ、レアには感謝の気持ちのほうが強い。
「そうね。レアさん、お疲れさま」
「あっ、ラフィーナさま……」
ミーアの後ろから現れたラフィーナに、レアはピンっと背筋を伸ばして、やや緊張した顔をした。
「ラフィーナさまの偉大さを学ばせていただきました。民のひとりひとりが、心からラフィーナさまを慕っていて……。お会いできないことを残念がっていました」
「そう……」
ラフィーナは優しい笑みを浮かべて頷いた。
「みなさん、手に手に天使の格好をしたラフィーナさまの肖像画を持って出てこられたのですが……私が代わりにサインを書くわけにはいかずに……。握手会だけは代わりにさせていただきましたが……」
「…………そ、そう」
ラフィーナは……少々、ひきつった笑みを浮かべて頷いた。
っと、不意にレアは表情を引き締めて……。
「ラフィーナさまもいらしていただけたなら、ちょうど良かったです。ミーアさま、回遊聖餐に参加したことで、実感したことがあるのです。後で、生徒会室のほうまで来てください。ラフィーナさまもぜひ」
「あら……なにかしら……?」
どこか真剣な顔をするレアに、首を傾げるミーアであった。