エピローグ 黄金のミーア像、林立す!
さて、セントバレーヌでの騒動からしばらくたった日のこと。
『平和を祈念する、ミーア白金像の建立願い』なる、危険な代物をノータイムで却下したミーアのもとに、新たに商人組合から要望が届いた。
いやだなぁ、見たくないなぁ、と思いつつ、ミーアはその書類を手にとって……。
「……というか、こういう要望って、ヴェールガ公国のほうで処理していただくのが筋なのではないかと思いますけど……。まぁ、でも、題材がわたくしということであれば、仕方ないのかしら……それに、下手をするとラフィーナさまが許可してしまうかもしれませんし……いや、さすがにそんなことはしないかしら……しませんわよね? さすがに……」
などと、いささか渋い顔をしつつ、ミーアは書類の内容に目を通した。
「ええと、なになに、平和と娯楽の祭典? 一年に一回、その年の最高の娯楽作品を決める賞を設立……ほう」
ミーア、少しばかり、興味を惹かれる。
基本的にミーアは、娯楽が好きだ。
小説はもちろん、演劇などにも興味がある。その年最高の娯楽作品を! などと順位をつけて争うのも、それはそれで盛り上がりそうだし、なにより、いろいろな楽しみに触れられて良いかもしれない。
「世相が暗くなるより、良い娯楽で溢れているほうが好ましいのは事実。それに、あそこもヴェールガ公国内ですし、なにより、ルシーナ司教が目を光らせているのであれば、それほど退廃的な娯楽が流行るということもないでしょうし……これは、よいのではないかしら?」
今度は、どんなトンデモナイことを言い出すのか、と覚悟していただけに、これは嬉しい誤算であった。
ミーアは、ちょっぴり機嫌よく、その要望書を読み進め……ある箇所で、眉間に皺を寄せた。
「ええと……ミーアカデミー賞……? まぁ、その……名前とかはどうでもいいのですけれど……優勝者には、トロフィー大の黄金の像を授与? わたくしを模した像……?」
これには、ミーア、少々考える。
「巨大な黄金の像を建てる、などというのは、当然、却下ですけど……。ううむ……このトロフィー大の黄金の像というのは……どうなのかしら?」
自らを偶像視するようなやり方は、絶対的に避けるべきではあるが、このように、賞品として自身を象ったものを出す、というのは……どうなのか……。
「ダメ……とは言い切れないかしら……。そう言ってしまえば楽なのですけど、前回もお断りしている以上、今回は若干、断りづらくもありますわね」
セントバレーヌの商人組合は、食料輸送にとって重要な存在だ。へそを曲げられるようなことは、まぁ、あまりないかもしれないが、友好関係を築いておくに越したことはない。
「まぁ……トロフィーぐらいの大きさならば、まぁ、許容するべき……なのかしら?」
ううむ……と唸りつつも、ミーアは……その申し出にオーケーを出した。出して……しまった。
「おおっ! ミーア姫殿下にご了承いただけたか……」
商人組合のビオンデッティは、その報せを聞いて、満足げなため息を吐いた。
先日、平和を祈念するミーア女神像の提案が却下された時、彼は、ミーアの懸念が理解できた。
自身の神格化は、ヴェールガとの間に亀裂を生む。巨大な黄金の像を建てたがる権力者は、歴史上、何人かいたが、いずれも自身の神格化にそれを利用しようとし、国を混乱へと堕とし込んだ。
帝国の叡智は、それを嫌ったのだろう。しかし……それがわかっていても、なお、商人組合は、それを欲した。
帝国の叡智が、この地で成したことを記念するための、象徴となるものを……。
彼らには、我慢がならないことがあったのだ。
それは、あの騒ぎが、皇女ミーアのわがままによって……ただ、自身のお抱え作家の小説の宣伝のためだけにやったことなのだと……そんな批判をする者が、多くはないがいるのだ。
それが、騒乱の舞台裏を知っている商人たちには、我慢ならなかった。
自分たちの町の平和を守り、ただの一滴の血も流さずに解決へと導いた叡智が、貶されることが、許せなかったのだ。
かといって、真実を話すわけにはいかない。それはさらなる混乱を生むことになってしまう。
だからこそ……欲したのだ。帝国の叡智の功績を、その一部だけでも記念し、語り継ぐ象徴を……。
かくて、ミーアカデミー賞は、セントバレーヌの名物となった。
その第一回授賞式においてのこと……。
ゲストとして呼ばれていたミーアは、並べられた数々の、トロフィー大の黄金ミーア女神像……通称「娯楽のミーア女神像」を見て、いささか頬を引きつらせつつ、スピーチに立った。
「ええと……こっ、このように、娯楽を楽しめることは、きっと幸せなことですわ。戦争、紛争、飢饉、疫病……社会にどのような混乱があったとしても、娯楽というものは、時に不謹慎と眉を顰められてしまうもの。だから、健全な娯楽を人々が楽しめるということは、きっと平和の証拠ですわ。誰に気兼ねすることもなく、笑顔で楽しめる……そのような社会こそ、わたくしの目指すものですわ。このえーと……ミーアカデミー賞? の授賞式がずっとずっと続けられていくことを望みますわ」
娯楽の女神とか言われたら、遊び人と思われて、咎められるかも……なぁんて、危機感を覚えたミーアは、全力で、娯楽っていいよね! 平和の象徴だよね! と力説。強調!
その時のミーアのスピーチは、過日、市庁舎で語られた言葉、さらに、停戦の夜に語られた言葉と共に、市庁舎の一角に刻まれ、飾られることになった。
例の、勇ましい旗と共に……。
そして、トロフィー代わりの黄金のミーア像は「平和と娯楽のミーア女神像」と呼ばれ、エンターテイメントの権威として、あるいは、平和の象徴として、長く大陸を席捲することになるのだが……。
そんなこと、想像すらしないミーアなのであった。
第八部は本日で終了となります。




