第百五十七話 小さな大冒険!
セントバレーヌに平和が訪れた翌日のことだった。
ベルは、リオネルに誘われて冒険に出かけた。
……冒険に! 出かけた!
まぁ、とは言っても、例のルシーナ司教の館の地下の、ではあるのだが……。
「館の地下に把握していない空間があるのは少し不安なので、できれば地図など作りたいのですが……」
などというリオネルに、ベルは、ドンっと胸を叩いて、
「任せてください。リオネルくん。ボクがきちんとすみずみまでマッピングしてみせますから!」
自信満々に請け負った。
冒険と探検には一家言あるベルである。マッピングなど基礎も基礎。できて当然なのである。
ちなみに、冒険の同行者はシュトリナとリンシャの二人だった。
「それじゃあ、マッピング用の紙と、それと念のために……」
っと、リンシャに、入口に縛ったロープを持ってもらう。
「あれ? リーナちゃん、そのロープ……。ボクがちゃんとマッピングするからそんなのなくっても……」
「暗いから念のためね。あくまでも念のため。それと、このランプの火が消えたら危ないから戻ること。それと万が一のことがないように、細心の注意を……」
などと口にするシュトリナに、ベルはペラペラと手を振って、
「もちろん、心得ています。こう見えても、ボク、結構、冒険には詳しいんですよ……?」
探検学の祖、後の冒険姫の異名を持つベルは、地底探索にも精通している人なのである……たぶん。
「そう……それなら、まぁ、良いんだけど……」
なにか言いたげな顔をしていたシュトリナだったが、すぐに、まぁ、いいか、とつぶやいた。
さすがに、屋敷の地下の空間で遭難したりはしないだろう、との推測からだったのだが……。その推測は早々に崩れ落ちることになるのだった。
「ここまでですね、前回来たのは……」
狭い隠し通路は、基本的に一本道だった。屋敷の壁の中を通り長い階段を下り、地下道へ。
その道の先にある部屋を一つ一つ回っていく。
部屋は通路に沿って左右に二つ、奥に一つ。
前回来た時は、ザっと見ただけで、長年使っていた形跡がなかったので、詳しく調べなかったが、今回はきっちり調べる。
と言っても、探すべき場所はそれほど多くない。室内には、今にも朽ち果てそうな戸棚があるのみで、他に家具などもない。戸棚も中には何もなく、新しい発見はなかった。
三つの部屋とも大した変わりはなく、調べるのにさほど時間を要すこともなかった。
「なにもないみたいね……」
部屋の中を見回して、リンシャが小さくため息を吐いた。
「どうやら、外に通じてるという感じもないみたい。隠し通路じゃなく、あくまでも隠し部屋って感じね」
シュトリナの言葉に、
「ここまで、ですか……」
リオネルも、小さな声でつぶやいた。心なしか、その声は、少しだけ寂しげだった。
そうして、屋敷に戻ろうか、という空気が生まれ始めた……その時だった。
「この部屋だけ……空気が違う感じがします」
そんなことを言い出す者がいた。探検学の権威、後の世に冒険姫として知られる、ミーアベル・ルーナ・ティアムーンである!
ベルは、顎に手を当てて、こつ、こつ、っと足音を立てて部屋の中を歩き回る。
こつ、こつ、こつ……だん……。
「あれ……?」
不意に、ベルが声を上げた。それから、むーん、っと眉間に皺を寄せて、床に顔を寄せる。
「どうかしましたか?」
「いえ……ここ、戸棚の下の床だけ、音が違うような……これ、もしかして、外れる? リンシャさん」
リンシャを呼び、二人で戸棚に手をかける。っと、がこん、っと音を立てて、戸棚が奥に倒れる。その下の床板も一緒に持ち上がっていき……そこに現れたのは……!
「なっ……」
声を上げたのが、誰かはわからなかった。けれど、誰が上げたとしても不思議ではなかった。
なぜなら、そこには、さらに地下へと続く階段が続いていたからだ。
びょう、っと気味の悪い音を立てて、風が吹いて来る。どこか湿った重たい風を受けて、ベルの髪が仄かに揺れた。
思わず、ぶるっると身震いするベル。それは穴の醸し出す不気味な雰囲気に恐れをなしたから……などではない。もちろん、ない!
さらなる大冒険を予感した、武者震いのためだ!
「まさか、さらに地下があるなんて……」
一方で、呆気にとられていたのは、常識人のご令嬢二人だった。
シュトリナもリンシャも、まさか、そこまで大がかりなものにはならないだろう、と思っていただけに、さらなるエリアの拡張には驚愕を禁じ得なかった。
「さぁ、行きますよ、みなさん!」
ベルの声に促されるようにして、三人は階段を降り始めた。
「足を踏み外さないように注意してくださいね」
ずんずん進んでいくベルを尻目に、シュトリナがそっとリンシャに耳打ちした。
「もしも、ロープの限界が来たら、そこで引き返すことにします。あまり深入りすると危なそうなので」
シュトリナに言われ、リンシャは手に持ったロープを確認する。残りは、あと三分の二程度。それを確認してから、リンシャは小さく頷いた。




