第百五十三話 思いついちゃった……!
かくして、セントバレーヌで起こりかけた騒乱は、上陸した台風ミーア二号と獅子なる聖女ラフィーナ・オルカ・ヴェールガによって一掃されてしまった。
さて、ミラナダ王国軍とポッタッキアーリ候の私兵団を帰還させた後、ミーアたちは祝勝会を開くことになった。
「ラフィーナさま、大急ぎで来ていただきましたし、心ばかりですけど、お礼をしたいですわね……ふむ、これは、みんなでお料理を作ってお祝いするのがよろしいのではないかしら!」
などとつぶやくミーアに、シュシュシュッと音もなく近づいてきたのは、キースウッドだった。
「あー、ミーア姫殿下、なにを悪だく……いえ、なにか、その、深遠なことでもお考えで……?」
「いいえ、ただ、回遊聖餐を切り上げてきてくださったラフィーナさまに、代わりに美味しいものをご馳走したいな、と思いまして」
「ああ、それは素晴らしいことですね。セントバレーヌには良い料理屋がたくさんありますから、どこか紹介してもらえば……」
っというキースウッドの言葉を、ミーアは片手で遮り……。
「そうではありませんわ。やはり、お礼の気持ちというものは、自分自身の手で表現しなくてはなりませんわ。それがおもてなしの心というものですわ」
帝国の叡智が、おもてなしに一家言ある人物であることは、有名な話である。
「いや、まぁ、それは、間違ってないかもしれませんが……」
「もっとも、ラフィーナさまは、一緒に作りたいとおっしゃるかもしれませんわね。それなら、それで構いませんわ。ぜひ、楽しいひと時を過ごしていただきたいんですの」
ラフィーナが一番、喜ぶ形でのもてなしを……と。ミーアの、それはそれは殊勝な言葉に感動したのか、キースウッドは目頭を押さえていた。
「ええと……ちなみに、ラフィーナさまは……その、メイドを連れておいでで……? 具体的には、モニカ嬢とか……」
「はて、見ておりませんけれど……。慧馬さんに急ぎで運んでもらった、ということを考えると、誰も連れずにいらしたのではないかしら……。申し訳ないことをいたしましたわ」
危険を顧みず、身の回りの不自由をも厭わずに駆け付けてくれたラフィーナに、ミーアは、実のところ非常に感動していたのだ。そんなミーアの感動に触発されたのか、キースウッドもまた、溢れる涙を堪えるかのように、天を仰いだ。
「ということで、ここは、みなで海産物のお料理会を開こうかと……」
「ミーア姫殿下……」
っと、その時だった。後ろから、声をかけて来る者がいた。
「あら、レベッカさん、なにかご用かしら……?」
ルシーナ伯爵夫人、レベッカは深々と頭を下げて……。
「この度は、夫のことで、みなさまに大変なご苦労をおかけしました。こんなことしかできないのは心苦しいのですけど、ぜひとも、お料理の準備は私たち、家の者にお任せいただきたく思っています。海の材料は、慣れていないと料理するのが難しいものもありますし……」
「まぁ、そうなんですのね。ちなみに、どんなものが……」
「そうですね。例えば、焼き加減を上手くすると、鱗までサックリ美味しく食べられるお魚があります。ただ、失敗すると鱗が硬くてとても食べられません。ほかにも、毒の処理が難しいけれど、とても淡泊で美味しいお魚とか……」
「ほほう……なるほど。毒があるのでは、難しいかもしれませんわね……ふむ……」
「ミーア師匠―、いろいろ片付いたのであればー、ぜひ、市場に出てー、私の研究成果も見ていただきたいんですけどー」
そこに、オウラニアがやって来た。
「あら、オウラニアさん……」
小さく首を傾げるミーアに、オウラニアは、ぷくーっと頬を膨らませ、
「あら、じゃありませんー。もしかして、ミーア師匠―、私のこと忘れてたんじゃないですかー?」
「ふふ、まさか、そんなわけありませんわ。お願いしておいた共同プロジェクトに使えそうな魚介類を調べておいてくださったんですのね」「
「そうですー。クロエさんに協力してもらってー、ぜんっぜん知らないような食べ物も見つけておいたんですよー」
そうして胸を張るオウラニアに、ミーアは、おお、っと声を上げる。
「それは楽しみですわね。ふむ、市場……、わたくしたちでお料理の準備をしなくっても良いならば市場に出る余裕もございますけれど……」
ミーアは、腕組みして考える。
「せっかく、ラフィーナさまへの感謝の気持ちを伝えるのであれば、普通にお料理を用意していただくというのも、つまらないですわね……とすると……むっ!」
っと、なにやら思いついちゃった様子のミーアに、キースウッドは、ぶるるっと体を震わせる。
「あー、ミーア姫殿下……その、なにか、とても良いことを思いついた顔をしていらっしゃいますが……そのー、できれば、なにをお考えか、お聞かせいただけると、こちらとしても心の準備が……」
「はて……心の準備……ですの?」
「ああ、いえ、その……そう。料理をみなさんでなさるということでしたら、こちらでも準備がありますので……」
その言葉に、ミーアは朗らかな笑みを浮かべた。
「ああ、いつもお手伝いいただいておりますものね。ふふ、ですが、今回はレベッカさんの仰るとおり、お料理はやめておきますわ。その代わりと言っては何ですけど……」
そう言って、ミーアはレベッカのほうを見て……。
「少し無理なお願いになってしまうかもしれないのですけど……わたくしたちが指定した食材を使ってお食事を作っていただくことって、可能かしら……?」
ミーアのお願いに、レベッカは、やや戸惑った様子だったが、小さく頷くのだった。
今週まで八部の予定でしたが、もうちょっと書くことがあったので、来週も八部の後始末の、少し雑多な話を書きます。




