第百四十七話 獅子なる聖女は騎士を従えて
話は少しだけ遡る。
建物を降りたところで、ラフィーナはミーアのほうを見た。
「それでは、ラフィーナさま、お気をつけて。ああ、ディオンさんを護衛として連れて行くと安心で……」
「ミーアさん……」
ミーアの言葉を遮って、ラフィーナは口を開けた。
「ん? なにかございましたの? ラフィーナさま」
きょとん、と首を傾げるミーアに、ラフィーナは深々と頭を下げる。
「ごめんなさい、ミーアさん。我がヴェールガ公国のことで、ミーアさんに、泥をかぶってもらって……」
「ふふふ、なにを言っておりますの、ラフィーナさま。セントバレーヌの重要性はよく存じ上げておりますわ。ここが平和でなければ、大陸の食料流通にも支障をきたしますし」
っと、軽く笑って首を振ったミーアだったが、それからふと真面目な顔になる。
「しかし……先ほどルシーナ司教に言ったことは、ラフィーナさまにも、ぜひお願いしたいことですわ」
「え……?」
「わたくしのために祈り、そして、わたくしがもしも間違ったことをしていたら、すぐに言っていただきたいんですの」
その謙虚に過ぎる言葉に、ラフィーナは苦笑いを浮かべる。
「ミーアさんが間違うことなんてないと思うのだけど……」
軽い口調でそう言うと、ミーアは大きく首を振り、
「いいえ……そんなことはありませんわ。わたくしだって、間違いを犯すはあると思いますわ!」
やけに気合の入った声で言った。
「だからこそ、お友だちのラフィーナさまにお願いしたいんですの。わたくしは、忠臣の諫言だけでなく、気の置けないお友だちの助言も求めたいと思っておりますの。お友だちにしか見えないことだってあると思いますし……」
その言葉に、ラフィーナは思わず、こう……グッと来た。なにしろ、聖女としてではなく、お友だちとしての助言を求められることなど、ほとんどなかったので……
「ええ……わかったわ。ミーアさん。でも……それならばミーアさんにもお願いしたいわ。私のために祈り、わたしが間違えた時には、指摘して欲しいの。ルシーナ司教にしたのと同じように……」
聖女にではなく、お友だちへの助言を、ぜひ受けてみたいラフィーナである!
互いを思い、アドバイスを送り合ってこそ友なのではないか? とラフィーナは思っているのだ。まぁ、それは経験譚ではなく、あくまでも想像でしかないのだが……。
「わたくしのほうこそ、なにも指摘することなどないような気がしますけれど……」
と笑うミーアであったが……ふと、なにかを思いついたように……。
「しかし……獅子みが溢れ出ていると指摘してあげられる機会は貴重かも……」
なにやら、つぶやいてから、小さく咳払い。
「でも、そうですわね……。自分では見えないことというのは、誰にでもあること……。ならば、わたくしも気付いた時は、友として遠慮なく言うことにしますわ」
なにか、シシミ? とか、よくわからない言葉が聞こえてきた気がしたが、そんなものは、「友として遠慮なく」というパワーワードですっかり洗い流されてしまう。
湧き上がる嬉しさを胸に秘めたまま、ラフィーナはそっと目を閉じた。
「気を付けてね、ミーアさん。上手くいくようにお祈りしているわ」
「ええ。ラフィーナさまも……」
そうして、二人はそれぞれの決戦の地に向かう。
避難した住民たちへの語りかけるため、ミーアは南に。
ミラナダ王国とポッタッキアーリ侯軍に語りかけるため、ラフィーナは北に。
荒くれ者の軍に語りかけるにもかかわらず、ラフィーナのそばに近衛兵の姿はない。そのお供はただ一人、事件の中心にいた人物、ルシーナ司教のみだった。
そんな蛮勇の聖女に、橋の上に佇んでいた二人の騎士が歩み寄る。
「聖女ラフィーナさま、橋の北側は両軍の集う場所。いささか危険がありますゆえ、この老骨が護衛を務めることをお許しいただきたい」
金属鎧の騎士が恭しく礼をとる。
「ありがとうございます。ギミマフィアス殿。それではよろしくお願いします」
それから、ラフィーナはディオンのほうに目を向ける。っと、ディオンは小さく肩をすくめて、
「まぁ、正直、レムノの剣聖殿だけでも十分かと思いますがね。一応、姫さんのご友人に何かあったら一大事なんで、僕もいきますよ」
「ふふふ、お友だちの大切な家臣に護衛していただけるとは光栄ね」
朗らかに笑みを浮かべるラフィーナは、上機嫌だった!
なんと言うか、ミーアとの友情が、ちょっぴり深まったように感じていたのだ。今ならば、あの、上のほうではためいている旗を見上げても……見上げて……も?
「……ふぅ」
いささか、精神力を削られてから、ラフィーナは二人に目を向けた。
「それでは、お二人にお願いいたします。私だけでなく、ルシーナ司教もしっかりと護衛してください。解決に必要だから、というだけでなく、ミーアさんの求める決着をつけるために……」
帝国の叡智、ミーア・ルーナ・ティアムーンの影響は、ディオン・アライアだけではなく、聖女ラフィーナにも及んでいた。
ミーアの描いた最善の決着の形、彼女と出会うまでは決して思いもよらなかったその終わり方を、好ましく思う自分に、少しだけ戸惑いつつも、ラフィーナは顔を上げた。
「それでは、参りましょう」
かくて、やる気にみなぎるラフィーナは、最強戦力を従えて橋を渡る。
その身にまとう雰囲気は、旗に描かれた、ちょっぴり迫力に溢れた姿と重なるところがあったりなかったりするのだが……。まったく気づかないラフィーナであった。