第百四十四話 二人の聖女
橋を見下ろす位置にある、他より少し高い三階建ての建物。その屋上を目ざして、ミーアは階段を上っていた。後ろに付き従うのはルードヴィッヒとラフィーナ、加えて、シャルガールと皇女専属近衛兵が二人である。
ちなみに、シャルガールと近衛兵には、旗を振る役が与えられている。
旗は、女性の力では、いささか重い物であったが……。
「私が作ったものですので! 私が振らずして、誰が振りますか! 堂々と、派手に振ってみせましょう!」
なぁんて言うシャルガールの熱意に負けたミーアであった。
ちなみに、シャルガールはラフィーナの顔を見つけて、
「あっ、お久しぶりです。ラフィーナさま」
声をかけられたラフィーナがヒクッと頬を引きつらせていた辺り……シャルガールがかつて描いた肖像画がラフィーナに与えた衝撃の大きさを物語っていた。
「ご機嫌よう、シャルガールさん。ええと……相変わらず、お元気そうでよかったわ」
それでも、なんとか微笑むラフィーナに、シャルガールは続ける。
「ところで、ラフィーナさま、この旗の絵はどうですか? 私が描いたのですが……」
その問いを前に、ラフィーナは……実になんとも、複雑な顔をしていた。
正直……かなり恥ずかしい派手さだ。やたらと目立つ鎧を着た、勇ましい自分の姿など、羞恥心を刺激するものでしかないわけで……。
しかし、それではダメな絵かと言われると、そうも言い切れなくって。
なにせ、ラフィーナは、ちょっぴり嬉しかったのだ……。ミーアのお抱え作家が書いた、貧しい王子と黄金の竜は、以前、読んだことがあった。とても良い物語であったし、なにより、そこに描かれた友情は素晴らしかった。
「あの王子と竜の友情物語、そのモデルに私とミーアさんを……ふふ」
なぁんて考えただけで、ついつい、ニマニマしてしまいそうになってしまって……。
正直、肖像画のモデルにされてこんなに嬉しいのは、以前、ミーアと一緒にモデルを務めて以来だったので……。ということで、ラフィーナは、シャルガールの質問に対して……キリリッとしかつめらしい顔をして……。
「ええ……悪くない、と思うわ。うん、あの物語の挿絵だとしたら……ちょっぴり派手なところはあるけど、うん、でも、まぁ……」
「なるほど、ということは、ラフィーナさまは、こういった派手な鎧を着た凛々しいお姿が好みと……」
「え? や、ちがっ……」
っと、ちょっぴり慌てるラフィーナだったが……残念ながら、その言葉はシャルガールには届かないのだった。
「おお、やっておりますわね……」
屋上に着いたところで、ミーアは橋のほうに目を向ける。
そこで激しく戦う二人を見て……。
――派手にやっている……というか……こ、こわぁ……。いや、なんですの、あれ……刃が空中で粉々になってますし……いや、どうなってますの、あれ……こっわ!
なぁんて、思わず心の中でつぶやいて……。
――あれは早く止めないと、やってる本人たちは無傷でも、周囲に被害が広がりそうですわね……。まぁ、そのぐらいやらないと、軍の足止めにはならなかったのかもしれませんけど……。
そうして、ミーアはシャルガールのほうに目を向けた。
「さて……それでは、やりますわよ。準備はよろしいかしら?」
その声に、シャルガールと、近衛兵二名が頷く。さらに、ルードヴィッヒ、そしてラフィーナが小さく頷いたのを確認して……ミーアは厳かに言った。
「では、旗を掲げなさい」
それを合図に、シャルガールと近衛兵が旗のポールを高々と持ち上げる。風を受け、勢いよく広がっていく旗。誇らしげに描かれたミーアとラフィーナの、ちょっぴりファンタジーな姿があたりに晒されたところで……。
「両者それまで!」
ルードヴィッヒの声が響いた。
それを聞き、橋の上での戦いが止まる。ディオンとギミマフィアス、双方が大きく間合いを開け、こちらに視線を向けてくる。
――ふむ、以前のレムノ王国のことを思い出しますわね。
そんなことを思うミーアの目の前で、
「剣を納めよ! 聖女ラフィーナさま、そして、帝国皇女ミーアさまの御前である!」
その声に応えるようにして、橋の上の二人が剣を鞘に納めた。
それを確認してから、ミーアはラフィーナの顔を見た。
「では、ラフィーナさま、事前に打ち合わせておいたとおりに……」
「ええ、わかっているわ。お互いに頑張りましょう」
そうして二人は頷きあうと、階段を降りていく。
ラフィーナは、ミラナダ王国、ポッタッキアーリ候連合軍のほうへ。そして、ミーアは、橋の南側、住民が避難しているほうへと。
その姿を建物の屋上、シャルガールが、どこか感動した様子でジッと見つめていた。
……後日、港湾都市セントバレーヌの市庁舎に一枚の絵が寄贈される。
タイトルは『二人の聖女』。
凛々しい顔で背を預け合う二人の聖女。互いに向かうべき戦場へと赴く様を描いたその絵は、多くの者を魅了し、また、多くの者に生きる希望を与える、大変に力強い絵であった。
そしてそれは、高名な挿絵画家、シャルガールの代表作の一つとして、歴史に記録されていくことになるのであった。