第百四十三話 物語のような戦いを~英雄の曲芸~
天高くより降り注ぐ日の光……その光が、橋の上で、キラリキラリと反射していた。
弾ける光をまとい、二人の騎士が剣を交わす。
一合、二合、三合、四合……。
刃が交わるたび、硬質な金属の音が響く。
それは、あまりにも美しい剣舞。
示しを合わせたように披露される剣技は、鍛練を積んだ者であれば、誰しもが憧れる技の極致。
変幻自在に変化するギミマフィアスの剣筋に対し、ディオン・アライアは、ただ己が鍛え上げた型で、愚直に迎え撃つ。
一合、二合、三合、四合……。
鍔迫り合いが生じたところで、ギミマフィアスが声を上げる。
「ところで、実際のところ、どうするつもりなのでしょうな?」
「どうする……とは?」
「いやなに、ふと思ったまでのこと。貴公は、戦いを長引かせて時間を稼ごうとしている。吾輩もまぁ、その思惑に乗っているわけだが……」
両者、息を合わせて引く。肩に剣を担いだギミマフィアスは、挑発するように笑みを浮かべ、
「もし、これが、実際の戦いであれば……貴公はこのまま、吾輩の剣技の前になすすべもなく敗れ去るばかりなのか、とね」
「ははは、なるほど。自分の剣技を披露したのだから、僕のほうの技も見てみたい、と、そういうことかな?」
ディオンはニヤリ、と口元に好戦的な笑みを浮かべる。
「貴公の腕前も見せておかなければ、彼らへの脅しにならなかろう、と思ったまでのこと」
そう言い放ち、ギミマフィアスは長剣を振りかぶる。再びの第一の構え! 対するディオンは……、
「なるほど、ならば……一つ、お見せしようか」
だらりと両手持ちにした剣を下げる。どこか力の抜けたその姿を見て、ギミマフィアスは眉をひそめたが、構わず、そのまま走り出す。
ディオンの眼前、振り下ろされるは剛剣。その刃の根元を狙い、ディオンは剣を振り上げる。
激突!
直後、ギミマフィアスの長剣の刃が断ち切られ、空中へ弾き飛ばされた。
キィンッと……響いた音は美しく、三つの音が重なり、実に重層的なものとなっていた。
……三つ? そう、三つ……三つなのだ!
ほぼ同時に鳴った音は美しく絡み合い、さながら楽器のような音を辺りに響かせた。
そして、その音の意味を表すように……直後、宙に舞った刃が、綺麗に三つに分かれる。
ディオン・アライア……帝国最強が使う剣技は鉄を断つ。その剣の前では、いかなる鎧も、剣も、鋼鉄の槍さえも呆気なく断ち切られる。
それは、凡百の剣士とは一線を画する超人技だ。
されど……、それは、あくまでも固定された鉄に限られたこと……。
では……、宙に斬り飛ばした刃をさらに断ち切る技は、はたして、なんと呼ばれるべきか……。
その鬼神のごとき剣技を見て、ギミマフィアスは目を細めた。
「……恐ろしい剣技であるな。そして……うらやましくもある」
「正直、こういった場面で披露する技ではないんだけどね……なにせ、これは、戦場での殺し合いの技なんで、ね」
そう、それは、相手の武器を破壊する絶技。
相手が巧みに剣を使うのであれば、その剣を壊してしまえばいい。相手が鎧や盾で防御を固めるなら、それごと斬ってしまえばいい。
そのような発想のもとに生まれた武器破壊の絶技……されど、ギミマフィアスはそれを鼻で笑った。
「どこが実践向きなものか。それでは、ただの曲芸にすぎぬであろうに……」
宙を舞った刃が、キラキラと残光の中に消えていく。
そう、刃を断ったならば、その隙に敵に一撃くれてやればいい。宙に舞った刃を二度、三度と斬るのは、明らかにやり過ぎで……意味のない技術。
ディオンは、ギミマフィアスの言葉に肩をすくめた。
「だろうね。ただ勝つなら、これはやり過ぎの技だ。ただ……正直、うちの姫さんは、ただ敵を殺して勝つ以上のことをお求めになるものでね」
かつて、アベルに問いかけたこと。どのような剣を求めるのか……ということ。
その問いは、ディオンが自身に課した問いでもあった。
そして、これこそが、一つの答え。
「鉄をやすやすと斬ってみせれば、相手の戦意ごと刈り取れるのではないか……と、そう思ったまでのことさ」
戦場において、剣が折れることは、しばしば起きること……それでは意味がない。
相手の目に、しっかりと見せつける。
自身が鋼鉄を断ち切ったのだ、ということ……。お前たちの持つ武器も、防具も、なんの意味もなさぬ強者が目の前にいるのだと……わからせてやること。
なんのことはない。ディオンの剣術は、ルードヴィッヒらが立てた作戦と変わらぬものだった。
そして……、それは、橋の上の戦いを固唾を呑んで見守る兵たちの心を、確かに打っていた。
美しく三つに断ち切られた刃を見て、兵士たちは幻視する。
自らの体が、空中で美しく三枚に下ろされる様を……。
兵士たちは一様に、彼らの上官のほうに目をやっていた。
「まさか、あれに突撃しろ……とは言わないですよね? まさか、ね……?」
言葉にはせずとも、その視線からは、そんな声が聞こえてくるようだった。
……ところで、橋を挟んだ反対側……住民たちが避難した場所においても、その橋の戦いは注目の的となっていた。
そして、その場の雰囲気は……北側とは対照的であった。
「うおおおお! なんだ、あれ、すげー!」
「いいぞー、そこだー、やれ!」
「じいさんも負けるなー!」
古来、戦は、ある種の娯楽であった。
多くの者が血を流し、命を燃やす愚劣なる娯楽であった。
されど、橋の上の決闘には血生臭さも、殺し合いを見物する後ろめたさもない。
なぜなら、それは、軍事訓練だからだ。あくまでも、観戦する住民たちは訓練の一環として避難しただけだった。
正直、必要な訓練とはいえ、数日間も商売を停止させられるのだから、迷惑な話であったわけで……。このぐらいの楽しみはあっても良いだろうと、成り行きを見物していた彼らは、生涯で出逢ったことのない達人の剣舞を目の当たりにすることになった。
片方の、金属鎧の男の剣を持ち替えての戦いに目を奪われ、それを難なく受ける、もう一人の男の剣技に酔いしれる。
それゆえ、ディオン・アライアの絶技が披露された時にも、彼らは一切恐れてはいなかった。ただ、そのあまりに人間離れした技に、大きな歓声を上げるのみ。
ギミマフィアスの言葉は正しかった。
それは、人々を熱狂させる曲芸だった。
そして、それは、ミーアの言葉を正しく体現する技だった。
それは物語のような戦い、その一場面に相応しい、英雄の技だった。
そして、人々の歓声を受けるようにして、橋の近くの建物に、巨大な旗が翻った。
「両者そこまで!」
よく響く声と共に、旗の根元、二人の少女の姿が現れた。