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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
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第百四十話 遠くても、色あせない記憶

「はぇ……い?」

 うっかり気の抜けた返事をしてしまったミーアは……次の瞬間、後悔する。

 ――あ、あら……? 今のって肯定の返事をしちゃいけないやつだったんじゃ……。

 そんなミーアに構わず、ラフィーナは続ける。ノリノリで続ける! ちょっぴり、ドヤァっとした顔で、友だちを誇る!

「あなたは、ミーアさんの行いを我らの神に成り代わる業だと思ったようだけど、違うわ。彼女は、ただ、我らの神が、せよと言われたとおり、善なる行いを、自分の職責に従ってやっているだけ。帝国皇女として、統治者に連なる者として、ただ、正しくあろうとしただけ」

 断言である! 疑問も、否定の入る余地もない、完全無欠な断言である!

 そうして、一転、穏やかな声で、ラフィーナは続ける。

「そして、それこそが、あなたの祈り求めた者でしょう? ここにいるミーアさんこそが、力弱き子どもたちを助け、育て、決して見捨てない王よ。神から委託された権威を正しく用いている人よ」

 大層な紹介のされ方に、ミーアはますます青くなる。

 ――これ、認めてしまったら、わたくしってずっとルシーナ司教の目に叶うような、清廉潔白な生き方をしなければならなくなるのでは……?

 どちらかと言えば、勤勉じゃなく、できれば怠惰にダラダラしていたいミーアとしては、それは、ちょーっぴり遠慮したいところだった。疲れそうだし……。

 それに、全幅の信頼はやはり恐ろしいもの。できれば、悪いところに気付いたならば、はっきりと言ってもらいたくもある。

 ということで……、できれば、信頼をやや弱めたいし、責任を分散したい……であれば……。

 ミーアはシュシュっとその場の陣容を確認し……素早く考えをまとめ……そして、静かに口を開いた。

「その通りですわ……っと言いたいところですけど、おそらく、ルシーナ司教には、それでは不足なのでしょう?」

 その言葉に、ルシーナ司教はゆっくりと目を上げた。その目を真っ直ぐ見つめ返し、ミーアは言った。

「わたくしは、今まで、自分にできる最善を行ってまいりましたわ。それは神から与えられた機会を生かしてきただけ、とわたくしは思っておりますわ」

 まず、ミーアは事実を告げる。ここには一切の嘘はない。

 ミーアは確かに常識を遥かに超えたことを体験していて、そんなことができるのは、神さまぐらいしかいないだろうなぁ、と漠然と考えているからだ。

 その与えられた機会を生かしているだけ、どこにも嘘はない。正直者のミーアである。

「そして、わたくしがそれを始めたのは、すべて、ある方の祈りによるものですの……」

 そっとミーアは目を閉じる。

 それは、もう、遠くなってしまった、されど決して色あせることのない、一つの記憶。

 断頭台へと送られる、あの日……地下牢でミーアのために祈ってくれた人がいた。

 最期の日まで寄り添い、親切にしてくれた人がいた……。

 ――アンヌさんは、処刑されるわたくしのために、神の加護を祈ってくれた。思えば、あれから、すべてが始まったと言っても、過言ではありませんわ。

 それから、ミーアは目を開けて、

「その方だけではありませんわ。わたくしには、懇意にしている新月地区の神父さまがおりますけれど、彼もきっと祈ってくれているでしょう。もちろん、お友だちのラフィーナさまだって、わたくしのために祈ってくれているはず。統治者には、きっと祈る人というのが必要なのでしょう……ところで、ルシーナ司教」

 ミーアは強い視線をルシーナ司教に向けて……、

「あなたは、祈っておりますかしら? 子どもたちのためだけではありませんわ。商人組合の方々のために、この地を統治する者たちのために、あなたは、祈っておられるのかしら?」

「え……?」

 不意を突かれたように口を開けたルシーナ司教に、ミーアは続ける。

「彼らが判断を誤らぬよう、悪の道に堕ちぬよう、善き判断ができるように……祈り、励まし、説教していたかしら?」

「それは……」

 言い淀んだルシーナ司教を見て、ミーアはニンマーリ、と心の中で微笑む。

 ――まぁ、そうですわよね。やってきた! と胸を張っては、言えませんわよね。

 それは、別に賭けでもなかった。

 ルシーナ司教のように真面目な人は、仮にしっかりやっていたとしても、問い返されると、その真面目さゆえに、やっていました、とは答えられないもの。つい、自分自身を省みてしまうもの……。まして、実力で商人組合を廃そうとしていたなら、より一層、胸を張って、やってた! とは言えない。

 それを見越してのミーアの質問だった。

 そのうえで、統治者のために祈る者の存在を強調したうえで……ミーアは言った。

「ルシーナ司教、わたくしは思いますの。あなたが、わたくしを信用できなくっても、それは仕方のないことですわ。それほどまでに、ルシーナ司教が過去に受けた傷は大きなものだったのでしょう」

 それを聞いて、ラフィーナがなにか言いたげな顔をしていたが、ミーアは、大丈夫だ、と頷いてみせてから……。

「いかに、ラフィーナさまが認めてくださっていても……あるいは、わたくしの今までの実績があったとしても、それだけでは信じられない。だって、それは、たぶん、ツロギニア王国の王族と、本質的には変わらないものだから……」

 信じて裏切られたから、傷つくのだ。最初から軽蔑している相手に裏切られたとて、何ほどのこともなし。とすれば、ツロギニアの王族というのは、ルシーナ司教にとって、善良に見える人たちだったのだろう。実績だって、それなりにあったのだろう。

 であれば……実績において信用を勝ち取るのは不可能。ゆえに!

「だから、ルシーナ司教は、まず信じやすい人……信じるべき人、信じなければいけない人を信じるところから、始めればいいのではないかしら?」

「信じなければ、いけない人……?」

 問い返す彼に、ミーアは深々と頷く。

「そう……あなたの愛する家族……奥さまであり、レアさんであり……そして」

 スッと目を向けて、ミーアは厳かな声で言った。

「リオネルさん……あなたの誇るべきご子息ですわ」

 突如、自分のほうに話が飛んできて、リオネルが、ビックリした顔をしていたが、まぁ、当然、スルー。ミーアは続ける。

「生徒会長選挙の時のこと、ルシーナ司教もお聞きになりましたわよね? 彼は、自身の支持層になってくれそうな者たちを、安易に味方にすることはなかった。打算に、わかりやすさに、自分の理解できる力に……逃げなかった」

 ミーア、全身全霊のヨイショである。

「彼は、正しいと信じることをし、その結果が自分の望みとは違ったものであっても、それを受け入れ、呑み込んだ。そのうえで、妹を支えるために、全力を尽くそうと、一歩前に出ましたわ」

 奇しくもそれは“わかりやすい制度”を頼ろうとし、打算的方法を選んでしまった、ルシーナ司教とは真逆の道だった。

 弱さゆえに……ルシーナ司教が取らざるを得なかった道と、真逆の道だった。

「それは……」

 と、口を開きかけたルシーナ司教を、ミーアは片手で制す。

「それは、リオネルさんがまだ若いから。まだ、一度も折れたことがなく、手ひどい裏切りを経験したことがないから……だから、その道を選んだ、と言いたいかもしれませんわ。そして、それは、あるいはその通りなのかもしれませんわ。されど……」

 ミーアは、グッと拳を握りしめて、言った。

「わたくしは思いますの。だからと言って、失敗し、心折れて、見えやすい力に安易に頼ることは、はたして正しいのかしら、と……」

 それから、ミーアは真っ直ぐにルシーナ司教を見つめて。

「あなたも、もうわかっているのではないかしら? ご自分のやり方が間違っていると……心折れ、諦めに身を委ねることが誤りであると……」

 次に、リオネルのほうに目を向けて……。

「ルシーナ司教、あなたが統治者を信じられないなら、統治者のために祈り、統治者を教え導く、リオネルさんを信じればいい。あなたの後を継ぎ、司教となるリオネルさんを、神があなたに与えた誇るべき息子である、リオネルさんを信じればいいのですわ」

 ミーアは、そこで、小さく息を吐く。

 ――こっ、これで、とりあえず、責任をリオネルさんにも分散できたはず……。

 っと、安堵するミーアの目の前で、リオネルが静かに立ち上がった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アンヌさんの祈りをきちんと魂に刻んでおり それを原点として感謝を持って捉えている敬虔さ [気になる点] もはや聖母アンヌさまと言った感じですが このような話の原典は聖書とかにあるのでしょう…
[良い点] ミーアがこの時点になってもアンヌから受けた恩を忘れていない、これはかなり素晴らしい事です。 この1点のみで、ミーアの本質が善良だと感じさせられます。 キノコと料理さえ絡まなければw
[良い点] やはりアンヌ……アンヌが大正義。 アニメの脳内会議も可愛かったです! [一言] コミックス最新刊で見せたアンヌの泣き顔にグッときてしまいました……。 かわいそうなのに……。不幸なアンヌは見…
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