第百三十九話 物語のような戦いを~激突、レムノの剣聖 VS 帝国最強!~
一騎打ちの始まりは、物語に相応しく華々しい……否、ド派手なものだった。
「では、早速、吾輩の名誉を挽回させていただこうか」
持ってきた剣を橋に置き、ギミマフィアスは一本の剣を肩に担いだ。その刀身を見て、ディオンはかすかに眉をひそめた。
「へぇ、ずいぶんと重そうな剣だ。老人にはキツイんじゃないかな?」
ディオンの持つ騎士剣の倍ほども長い刀身、重量感のある幅広の刃を横目に、ギミマフィアスは笑った。
「なぁに、先日やられた意趣返しに、今日は吾輩の技を披露しようと思ってのこと」
そうして、彼は剣を両手で持つと、
「では、参るぞ、帝国最強」
開戦を継げる気合の声。直後、ドンッと腹に響く音!
踏み込みの音とほぼ同時、金属鎧の鋼色がディオンの目の前に迫っていた。
頭上に高々と振り上げたる剣、それは、レムノ流剣術、第一の構え!
上段から振り下ろされるは、神速にして圧倒的な破壊力を持つ一撃だ。
ごうっと、嵐のごとき音を立てるその一撃を前に、ディオンは……。
「やれやれ、素直に受けたら腕ごと持っていかれそうだけど……まぁ、避けるよね」
一歩足を引き、半身で躱す。
ドォンッと……重たい激音が周囲に響き渡る。
それは、斬撃が出す音では決してなかった。
それは、雷か、はたまたがけ崩れの轟音か……人智を超えた大自然の破壊音を思わせる轟音だった。
その一撃は、橋に深々とめり込み、やすやすと橋げたの木材を破砕した。激しく弾け飛ぶ木片、その中で目を細めたディオンは、直後、感心の声を上げた。
「へぇ……」
刹那、閃き。ぶつかり合う刃と刃。
脇腹を狙った強烈な一撃に、刀身をねじ込んで防御しつつ、ディオンは一歩後退。
「そんな重たい武器で、攻撃を外したらどうするのかと思ってたけど、なるほど」
「わはは、挨拶代わりに、その真新しい鎧に傷でもつけてやろうと思ったが……さすがは帝国最強。これを避けるか……」
ギミマフィアスの手にあったのは、通常の騎士剣。長剣を振り下ろした直後、その腰に佩いた剣に持ち替え、抜きざまの横薙ぎ一閃。その流れるような動きは洗練の極みであった。
「レムノ流剣術には、いくつかの構えがあってな……。アベル殿下が極めつつある第一の構えは、その一つ。それは、剣術の動きを効率的に身に着けるために活用しているが……」
ギミマフィアスは、剣を下段に構えて、
「本来の力は、こうして、違う剣を使うことで発揮されるものでしてな」
それは、レムノの剣聖が数多の戦いを経て身に着けた技。
あらゆる種類の剣の能力を最大限に生かす動きを極めし者、それこそがギミマフィアスが剣聖と呼ばれる理由。剣聖は剣を選ばず、なのである。
「あらゆる戦場で戦えるよう、武器を選ばず、あらゆる剣で達人としての強さを発揮する、それがレムノの剣聖ということか」
「さよう。そこらで拾った使い古された剣であろうと、貴殿と渡り合って見せよう」
言いつつ、再度の踏み込み。剣聖の神速の横薙ぎを剣の腹で受けながら、ディオンは笑った。
「なるほど、どうりで。長さの違う剣を何本も用意していると思ったよ!」
そのまま、ディオンはもう一本の剣を抜き放つ。左右に剣を構えたディオンに、ギミマフィアスは大きく引き、
「二刀流で、この一撃を受け切れるのかな?」
橋げたに突き刺さった両手剣まで戻り、振り上げるも、
「ははは、そうそう攻めこませるとでも?」
ディオンの踏み込み。その足に、ギミマフィアスの低い横薙ぎが迫る。
「おっと!」
地面を蹴り、再び後退。その目の前、巨岩が振って来たかのような、圧倒的な上段振り下ろしが迫る。
舌打ちしつつ、ディオンは片方の剣を宙に放り投げ、両手持ちにした刀身を合わせる。
激突! と同時に刃を傾け、衝撃を下に逃がす!
柄から手を離し、その勢いのままに体を回転、宙に放った剣を取ると、ギミマフィアスの背中に向けて振り下ろそうとするが……。
「ふん!」
鼻で笑うような声、直後、ギミマフィアスの脇から、突きが迫る!
それを剣の腹で受けて、ディオンは一歩後退。楽しげな笑みを浮かべる。
「持ってきた刺突剣を何に使うのかと思ってたけど、なるほど、そう使うのか。やるなぁ」
賞賛の言葉を受けて、ギミマフィアスは肩をすくめた。
「はっはっは、吾輩が使えばどのような剣でも、名剣になりますのでな」
しゅん、しゅんっと細身の剣を振り回してから、それを鞘に納める。
「さて、次はどんな技をお見せしようか」
これこそが、レムノの剣聖の一騎打ち。
それは、決して戦場でできる戦い方ではない。複数の異なる種類の剣を持ち替えて戦うなど……そのような手間のかかる準備をすることは、通常ではありえない。
されど、このような一騎打ちにおいて、それは、無類の力を放つ。
持ち替える都度、間合いも、太刀筋も変わるうえ、そのどれもが達人の剣技なのだ。
戦うほうとしては対処のしようのないことではあったが……。
「いやぁ、さすがは剣聖だ。ギミマフィアス殿。敬意とお礼を申し上げる」
剣を構えつつ、ディオンは笑った。
「こんなに楽しいのはひさしぶりだ」
ものすごぉく楽しそうに笑っていた!
さて……その戦いを、遠巻きに眺めている一団があった。
ポッタッキアーリ候の私兵団、及び、ミラナダ王国軍の者たちである。
彼らは、各々に思っていた。
「いや、なにあれ……」
っと。
ふつふつと感じる。アレは……戦場で出逢ったら絶対いけない類のヤツだ……っと。
「レムノの剣聖は、すごいが……あの剣をまともに受け止めつつ、笑ってる……あの敵方の騎士は何者だ……?」
自分たちであれば、一瞬で真っ二つにされそうなギミマフィアスの連撃。難なくそれを捌きつつ、楽しげに、朗らかに笑うディオンにドン引きだった。
「あれ……もしかして、レムノの剣聖より強いんじゃ……」
「え、レムノの剣聖が負けたら、俺たちが、あれと戦うの? マジで……?」
仮に、あの橋を使わなかったとして、あの騎士が追いかけて来るであろうことは必至で……その時に対峙するのが自分ではないという保証はどこにもなくって……。
戦場では決して与えられなかったであろう、頭を冷やす時間。
戦場の興奮、高揚とは無縁のその時間は、兵士たちにヤバイ現実を突きつけ、その士気をゴリゴリ削っていくのだった。




