第百三十八話 物語のような戦いを~わからせる!~
「さて、上手くいくと良いんだけど……」
中央の橋の上、ディオン・アライアは一人、佇んでいた。
その腰には彼の二本の愛剣が、さらに、その後ろには、数本の予備の剣が用意されている。
そして、その身を覆うのは、使い慣れた彼の鎧ではなかった。真新しく、戦場で着るにはいささか派手な輝きを放つものだった。
さらに、鎧の上からは、赤を基調としたマントまで羽織っている。その背に、帝国の紋章が刺繍されたものだ。少々、見栄えのする……目立つ格好だった。
「これで、来なかったら作戦はともかくとして、完全に道化だな。やれやれ……」
肩をすくめるディオンだったが、直後、その目に鋭い光が宿る。
「ああ、よかった。来たか……」
橋の反対側、のんびりと歩いてきたのは、全身金属鎧の男だった。
大陸きっての騎士、練達の老剣士、レムノの剣聖ギミマフィアスは、肩に数本の剣を背負ったまま、ゆったりとした歩調でディオンの前にやって来た。
「良かったよ、力押しで来られたら危ないところだった」
金属鎧の老騎士に、ディオンはニヤリと笑いかける。
「吾輩もそう思わないではなかったが、なにせ、侯爵は司教猊下の大義名分によって動かねばならぬ身。悪逆の行いと取られるようなことは避けたいご様子でしてな。それに、レムノ王国の次期国王の眼前で、レムノの武人が一騎打ちを拒否するなどあり得ぬこと……」
髭を撫でながら、ギミマフィアスは言った。
「それに、吾輩としても、一騎打ちを断ったとあってはレムノの剣聖の名折れ。断るわけにはまいらなかった……と、我々がそう判断すると読まれたのではないですかな? 帝国の叡智は……」
「まぁ、そういうことだね」
より正確に言うなら、帝国の叡智の従者は、だけど、と心の中で付け足すディオンである。
もっとも、ルードヴィッヒがミーアの意向を受けて立てた作戦なので、そう大差はないだろうが…………そうだろうか?
「しかし、解せぬな。古の戦でもあるまいし、一騎打ちによって貴公が勝ったとして……ポッタッキアーリ候やミラナダ王国が納得するとでも……?」
仮に、ここでギミマフィアスが敗れたとして、両軍が引く理由はない。結果次第では、一騎打ちなどなかったことにしてしまうことだってできるのだが……。
「まぁ、第一義的には時間稼ぎなんだよ。そちらの大義名分を奪うね。しかし、それに頼り切りになるのも芸がないということで……」
ディオンは獰猛な笑みを浮かべる。
「ちょっと、ビビらせてやればいいと思ってね。レムノの剣聖と死闘を演じることによって、ね」
物語のように……。
ミーアのそんな命令を受けて、ディオンとルードヴィッヒは頭を悩ませた。
双方に、それなりの犠牲を出せば……敵を撃退することは可能だったかもしれない。
ミラナダ王国軍は貧弱で、ポッタッキアーリ候のほうも、少なくとも短期間でセントバレーヌを攻め落とせるだけの戦力はない。
その間に、この紛争が他国に……否、ヴェールガ本国に伝われば、状況は好転しただろう。
されど、それは血を流し、後に禍根が残る現実的な落としどころ……。ミーアが求めた「物語のような」都合の良い終わり方とは言えない。
ゆえに、彼らが立てたのは、現実的な作戦ではなく、相手の心を打つ作戦。
まだ、互いに余裕があるうちに……勝利の形や面子にこだわることができるうちに誘導し……冷静な判断ができるうちに、正常な恐怖がまだ感じ取れるうちに、その心を攻める作戦。
それこそが、最強戦力による一騎打ちであった。
ルードヴィッヒがディオンに願ったのは、ただ一つのことだった。
「その武によって、敵軍の戦意を挫いてもらいたい」
それすなわち、存分に帝国最強の強さをわからせてやること……。
「え? 次、俺たちがこいつと戦うの? マジで?」
っと、敵軍に全力でわからせてやるのだ。
自分たちが相手をしなければならないのが何者か……。帝国最強の騎士、ディオン・アライアがどんな存在であるかを、その目に焼き付け、わからせてやるのだ。
そのためには、ディオンが全力を出せる相手が必要だった。
そして、偶然にも……相手方には、その男がいた。
レムノの剣聖、ギミマフィアス……。
そう仕向けたのか、あるいは、天の配剤に気付いたミーアが、咄嗟の閃きから、この図柄を書き「物語のように」と口にしたのかは定かではない。
ともかく、ルードヴィッヒは、その意を汲み、この局面を整えた。
「なるほど……。それで……」
ギミマフィアスは、そこで悪戯っぽい笑みを浮かべてディオンを見つめ、
「その少々、目立つ鎧は、そのためのものですか」
「ああ、そいつはできれば触れないでもらいたかったがね」
物語のような勝利が必要だからと言って、物語の人物のような、派手な格好をする必要もないだろうに……。
ため息混じりに首を振り、ディオンは剣を抜いた。
「さて、それじゃあ、とにもかくにも始めようか。できれば、協力してもらえるとありがたいが……」
「ふむ……協力する義理はない。が……どうやら、ゲイン殿下の思惑とも重なるところがありそうであるな……」
そうつぶやいて、ギミマフィアスは肩をすくめた。
そして……現実離れした、物語のような戦いが始まった。
来週なのですが、申し訳ありません。急遽、お休みとさせていただきます。
SSが……特典SSの波が……。
あ、それとキャラクターボイスドラマなるものがyoutubeのほうで公開中です。前回、更新休んで頑張って書いたやつなのです……。よろしければ、ぜひ。