第百三十一話 イロイロなフラグ……立つ
「ルシーナ司教を説得するには……やはり、胃袋を攻めるしかないのではないかしら……そのためには……やはりキノコ……」
ディオンと別れたミーアはルシーナ司教邸に戻って来た。
そのつぶやきは、司教の胃袋を極めてヤバイ方法で"攻め"ようとしているのがうかがえる……実にキケン極まるものであったが……それはともかく。
アンヌを伴い食堂に顔を出したミーアは、おやつを所望。今回ばかりは仕方ない、とアンヌ、これを黙認! 結果として、おやつを抱えて部屋に閉じこもることに成功するミーアである。
「しかし……よくよく考えれば、ルシーナ司教の奥さまは料理の達人……あの美味なるお魚料理を超えることは、料理長の力を借りでもしない限りは不可能。キースウッドさんの力を借りたとしても、太刀打ちできなそうですわね……」
危ういところで、ルシーナ司教の胃袋の安寧は守られたのであった。それはさておき、
「どうすれば、ルシーナ司教に届くのか……説得するヒントが欲しいですわ……なにか……」
クッキーをサクリペロリしながら、懸命に頭を働かせる。
途中でシャルガールが訪ねてきて、旗が完成間近とか、明日持ってくるとか何とか言ってたが、華麗にスルーし考えて、考えて、考える。
だというのに、良い案は一向に浮かばない。
波が……来ない。
「うう……た、助けが必要ですわ」
っと、ミーアがつぶやいた、その時だった! こんこん、っとドアをノックする音が聞こえてきた!
「ラフィーナさま?」
ようやく待ち人が来たか? と声が踊りかけるも……現れたのはオウラニアだった。
「ミーア師匠ー、珍しいお魚見つけたんですよー」
入ってきて早々に、オウラニアは言った。
そうなのだ、オウラニアは、ミーアたちがルシーナ司教関係のゴタゴタで駆け回っている間、ずっと港に行き、釣り……否、魚の調査をしていたのだ。
ミーアはセントバレーヌの問題のみ解決すればいいわけではない。忙しいのだ。これから、セントノエル・ミーア学園の共同プロジェクトも動き出すことだし、そのための下調べは必須のこと。
そんなミーアの事情を斟酌し、一人、お魚調査に勤しんでいたオウラニアである。決して、趣味に没頭していたわけではないのだ。たぶん……。
オウラニアは、ミーアの顔を見て、かすかに心配そうな顔をしてから、すぐに笑みを浮かべて。
「すごくすっごーく、珍しくて、美味しいお魚なんですー。だからー、全部終わったら、お魚パーティーしましょうー」
彼女の言葉に、ミーアは気が付いた。
どうやら、自分に気を使ってくれたらしいぞぅ、っと。
――これではいけませんわね。ふふ、弟子に心配をかけるなど、言語道断ですわ。
ミーアは笑みを浮かべて言った。
「そうですわね……全部終わったら……美味しいお魚でパーティーしたいですわね。お魚なら、いくら食べても問題ない、みたいな話を聞いたことがございますし……。お腹いっぱい食べてやりますわ……。無事に、この戦いを止めることができたら……」
「はい。期待してくださいー。こんなの食べられるんだーって、ビックリな見た目のお魚とも、たーっくさん出会えましたからー」
「あら、それは楽しみですわ。ラフィーナさまにも無理を言って来ていただいておりますし、全部終わったら絶対に宴を開きますわよ」
「はいー。珍味祭りですー」
なにやら……イロイロな方向のフラグが立ちまくる、盛りだくさんな会話をして後、ミーアはパンパンっと顔を叩いた。
「ともかく、ルシーナ司教と対話をしながら探るしかないですわね……」
気合を入れて、ミーアは部屋を出ようとして……。
「ミーアおば……姉さま!」
ばーんっとドアを開け、今度は、ベル探検隊の面々が入って来た。
「あら、ベル……。みなさんも……どうかしましたの?」
首を傾げるミーアに、リオネルが、少しだけ青ざめた顔で……。
「外が騒がしいようですが……まさか」
「ええ……。ついに軍が動き出したようですわ。ああ、でも、大丈夫ですわ。ディオンさんのほうでも万全の準備をしてくださっているみたいですし、そう深刻な顔をせずとも……」
「そうです。ディオン将軍なら上手くやってくれるに決まってます」
ミーアの言葉に、ドンッと胸を叩くベル。ディオンに絶対的な信用を置くベルであるが……ミーアには「上手くやってくれます」が「上手く殺ってくれます」に聞こえてしまい、微妙に背筋が寒くなってしまう。
「ええと、それで、なにかありましたの?」
「あ、そうでした。実は……父が外部とやり取りをしていた手紙の解読が済みました。その結果、父の計画が明らかになった、と思います」
「ほう、計画……?」
ミーア、その知らせにキランと目を輝かせる。なにか、説得のヒントを得られるかもしれない。
「結論から言ってしまいますと、父は、セントバレーヌの統治権を得ることを、足掛かりとしか思っていないようなのです」
続くリオネルの話を聞いて、ミーアは思わず目を見開いた。
ベル探検隊の面々を引き連れて、ミーアはルシーナ司教のもとを訪れたのは、翌朝のことだった。
前日、ルシーナ司教が、館に戻ってこなかったから、会談の機会を得られなかったのだ。
戦が迫っている状況にもかかわらず、彼は変わらず教会にいた。
「ルシーナ司教」
「ああ、ミーア姫殿下……いらっしゃいましたか……」
ミーアたちを迎える彼の顔には、特に緊張の色は見えなかった。普段と変わることのない穏やかな笑みを浮かべたまま、彼は続ける。
「住民の避難を感謝いたします」
「それには及びませんわ。血を流すことなんて、誰も望んではおりませんでしょう」
「そうですね。できれば、戦いが始まる前に商人組合が統治権を委譲してくれると、助かるのですが……」
そうつぶやくルシーナ司教に、ミーアは思い切り切り込んだ。
「軍事力による脅迫で、セントバレーヌの統治権を手放させる……本当に、そのようなことをして、本国のご友人たちの支持が得られるとでも思っておりますの?」
ミーアのその言葉に、ルシーナ司教は、一瞬、目を見開いた。
「なるほど……気付かれたのですか。さすがは帝国の叡智だ……」
「いいえ、気付いたのは、わたくしではない。あなたの息子さんである、リオネルさんですわ」
その言葉に、ルシーナ司教の視線がリオネルのほうに動いた。
「それは、本当なのか……? リオネル……」
その問いに答えるように静かに頷いてから、リオネルは言った。
「父上……あなたが欲していたのは……ヴェールガが変わるための象徴だったのですね」
秘密の手紙のやりとりによって明らかになったこと……。
マルティン・ボーカウ・ルシーナが求めていたもの。
それは、ヴェールガ公国の司教たちを説得するための、象徴を得ることだった。
ヴェールガ公国、並びに大陸を代表するセントノエル学園の生徒会長を、ヴェールガの手に取り戻し、セントバレーヌを司教の統治下におく。
その二つを象徴として……あるいは、功績として、ヴェールガ国内の司教たちに訴えるのだ。
ヴェールガが、中央正教会が、各国王族への影響力を強めることを……。
いや、もっと言えば……。
「父上、あなたは……、あなたの願いは……すべての国がヴェールガのようになることだったのですね……」
リオネルは……真っ直ぐに父の顔を見つめた。