第百二十八話 ベル、所信表明す
ベル探検隊は、二日に渡って、ルシーナ司教邸の探索を進めていた。途中、屋敷の使用人やら執事やら、リオネルの母と遭遇することはあったが……。
「リオネルくんに案内してもらって、館の中を探検してるんです!」
っと言い切るベルの、その純粋無垢なる眼力に押されて、特に注意はされなかった。
「この古いお屋敷には、秘密の通路が隠されていると聞きますし、ぜひ、それを発見したいと思っています!」
そう所信表明するベルの意気込みに偽りはなく、それゆえ、話を聞いた館の人々は、むしろ安堵した様子もあった。リオネルが、父と対立する材料を探すより、館の探検遊びに付き合わされているほうが、彼らとしても安心できたのだろう。
ちなみに、ルシーナ司教のもう一人の子ども、レアに関しては、先にセントノエルに帰した、ということにしておいた。
セントバレーヌにいるのは危険でもあるし、そのうえ、レアはセントノエル学園の生徒会長でもある。万が一、セントバレーヌでの紛争が大掛かりなものになった場合、民心の安定のためにも動かなければならない立場なのだ。
それは、ルシーナ司教を納得させるのに十分な理屈であった。仮に怪しいと思ったとしても、文句のつけられない、そのような理屈であった。
さて、そんな風にして、屋敷の中を闊歩するベル探検隊ではあるのだが……成果は思わしくなかった。
隠し通路とその先の地下に隠し部屋を二つ三つ発見したのだが、そこは埃塗れの、いかにも長年使われていないような部屋だった。
ルシーナ司教が、なにか悪だくみに使っていそうな感じは、残念ながらなかった。
さて、そんな地下探索を終え、地上に這い出たシュトリナに、ベルが近づいてきた。
「あっ、リーナちゃん、髪に……」
っと言おうとしたところで、ベルは急に黙り込み、ササッとシュトリナの髪に触れた。
「え? ベルちゃん、どうしたの? 髪になにか?」
「なんでもありません。大丈夫、もう取れましたから」
「え? え? なにが? リーナの髪になにがついてたの? くっ、クモの巣とか?」
「はい。それもあります」
「それも? それ以外にもなにがついてたの? ねぇ、ベルちゃん?」
「シュトリナさま、知らないほうがいいこともありますから……」
そんなシュトリナの肩にぽんっと手を置くリンシャ。なにやら、自分の髪にキモチノワルイナニカがついていたことを察したシュトリナは、ぶるるっと震えた後に……。
「ち、地下通路をこれ以上探るのは、不毛なんじゃないかな。他のところを探したほうがいいってリーナは思うな」
可憐な笑みを浮かべるシュトリナである。
「他のところですか? でも、いったいどこを?」
「んー、ベルちゃんは、ルシーナ司教の思惑を探るためには、なにを探せばいいと思う?」
自らの髪を、恐々と撫でつつ、シュトリナは言った。
「ううむ……そう……ですね……。隠し部屋や隠し通路に隠しているお宝……じゃないとしたら……」
ベルは腕組みして、唸ってから、
「手紙……とかどうでしょうか?」
「……手紙?」
「はい。手紙です。こういう時って、そこにヒントが書いてあることが多いような……」
微妙に自信なさげな声で言うベルに、シュトリナはパチパチパチっと拍手して。
「さすがね、ベルちゃん。リーナもそう思う」
満面の笑みを浮かべる。そんなシュトリナに、ベルは、なにやら、気恥ずかしそうに頬をかき、
「あの、ええと、エリスか……さんの著作にそんなお話が合って……」
などと、モゴモゴ言うが、シュトリナは小さく首を振った。
「ううん、どこから得た知識であろうと、解決のために利用できるのは立派なことよ?」
指を振り振り、まるで、教師のようにシュトリナは言った。
「はい。そうですね。有益な知識は苦労しなければ得られないというものでもないですし。楽しいことからだって学んでもいいはずです」
リンシャが後を引き継ぐ。ベルに甘い二人である。
「リーナの予想だと……ルシーナ司教はヴェールガ公国の司教たちとも連携をとってると思うんだ」
頬に指を当て、そんなことをつぶやくシュトリナ。
「どういう意味ですか?」
眉をひそめるリオネルに、シュトリナは少しだけ考えてから……。
「セントバレーヌの統治権を確立させたとしても、ヴェールガ本国から放逐されては意味がない。少なくとも、ルシーナ司教をかばい、彼の成果を守ろうとする人がいないと、今回のことは無駄に終わってしまうんじゃないかな、って思って」
最悪、今回の出来事の責任を問われて、ルシーナ司教が解任されるとして、その後に派遣された司教が、この港湾都市の統治者として振る舞えないならば意味がない。ルシーナ司教がいなくなった後、再び、商人組合が出張って来たのでは意味がないのだ。
その状況を確保するために、ヴェールガ公国内に協力者がいる可能性は、大いに考えられた。
「ああ、そうか……それはそうかもしれませんが……そのようなやりとりをした手紙を残しておくでしょうか?」
リオネルの問いかけに、シュトリナは首を振り、
「あれば儲けもの。なければ仕方ない。そのぐらいで探さないとダメ。時間もやれることも少ないのであれば……やれることを一つずつやっていくしかないですから」
今日、明日、ベルサイドです。
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