第百二十七話 ベル探検隊feat.リオネル
さて、ミーアが忙しく動き回っている頃、リオネルたちは聞き取りを続けていたのだが……。
「申し訳ありません、リオネルお坊ちゃま。私の口から、マルティンさまを裏切るようなことは……申し訳ありません」
リオネルの前に立ち、深々と頭を下げるのは、古くからルシーナ司教に仕えているという老執事だった。リオネルにとっては実の祖父のような存在の人であったが……。望みのことを聞き出すことはできなかった。
「……そうか。わかった、すまなかった。余計な心労をかけてしまって……」
「いえ……。そのようなことは……」
老執事は苦い顔で頭を下げてから、行ってしまった。
その背中が見えなくなってから、リオネルは苦々しい口調でつぶやいた。
「やはり、父上の秘密を知っていそうな、昔馴染みは、その分、忠誠心も高いですね。聞き出せる機会がない」
その言葉に同意するように頷いて、シュトリナが感心した様子で頷いた。
「それにしても、ルシーナ司教は、臣下からも慕われているのですね」
「私の兄も多くの者たちを扇動し慕われていましたけど……ルシーナ司教はそれとは全然違いますね。革命が失敗して後、兄を慕う者はいなくなってしまいましたけど、同じことが起きた時でもあの執事さんや、この館で育てている子どもたちは、きっと変わらずにルシーナ司教を慕い続けると思います」
同意したのはリンシャだった。その言葉に、リオネルは少しだけ嬉しそうな顔をしてから、
「だけど、困りました。この調子では、有益な情報を聞き出すのは難しいかもしれません」
そんなリオネルの困り切った言葉に、なぜだろう……シュトリナは、軽く、スカートの裾に触れた……。理由は、よくわからない……。なぜだろう……。
っと、その時だった!
「あの……」
ベルが、とぉっても真剣な顔で手を挙げた。
「どうしたの? ベルちゃん」
不思議そうな顔で首を傾げたシュトリナに、ベルは深々と頷いて、
「はい。ここは、やはり……屋敷の中を探るしかないんじゃないかなって……」
「……それは、父上の部屋を探ってみる、と、そういうこと、でしょうか?」
眉根を寄せるリオネルに、けれど、ベルは小さく首を振り、
「いいえ、こんな大規模な企みに関するものは、普通に部屋には隠してないんじゃないかと思うので、それよりは、秘密の部屋とか閉ざされた地下道なんかを探してみるのがいいんじゃないかって思って……」
普通の屋敷には探検すべき隠された部屋や、冒険すべき地下道などというものはないもの……とは一概に言い切れない経験を、何度かしているベルではあるのだが……。まぁ、それでも、その発言は九割方、趣味に根差した発言であった。
にもかかわらず……。
「隠された部屋……そうですね。あり得るかもしれません。確かに、この屋敷が建てられたのは、ぼ……私たちが来るよりずっと前のこと……。父上しか知らない部屋があるのかも……」
真に受けてしまうリオネルである。彼は大変、生真面目にベルの発言を吟味しつつ……。
「実は、噂だけはあるのです」
「噂……?」
きょとん、と首を傾げるシュトリナに、リオネルはしかつめらしい顔で続ける。
「夜な夜な、この館に商人が出入りしていた、という噂です。恐らく、秘密の抜け穴のような場所があって、そこから賄賂なんかを渡しに来ていたのではないかと……」
「秘密の抜け穴……」
ゴクリ、と喉を鳴らすベル。その顔は緊張に強張っている……ようなことはなく、むしろ、キラッキラ、好奇心に輝いていた。
「その入り口はどのあたりにあるのかはわかってますか?」
「いえ、残念ながら。あくまでも噂です。あるかどうかもわかっていなくって……だからこそ、探す価値があるかと……」
なぁんて、早くも秘密の抜け道探しに傾きつつある二人に……。
「まずは、ルシーナ司教のお部屋を探すのがいいんじゃないかな。なにか、見つかるかもしれないし……」
軌道修正をかけるシュトリナである。けれど……。
「どうでしょうか……実を言うと、父の部屋は誰でも入れるように鍵がかかっていないんです。そんなところに、なにか大切な資料を置いておくものでしょうか?」
それを聞き、シュトリナは小さく唸った。
「それは、本当にないのか、探しても見つかるものか、という自信か……あるいは」
「探されたら困るから、あえて、探す必要のない場所に見せている、ですか」
言葉を引き継いだのはリンシャだった。
シュトリナは、少し意外そうにリンシャに目を向ける。
「うちの兄が似たようなことをしていました。革命軍にまつわる資料をあえて目に付く場所に置いておいて……。隠し立てするような恥ずべきことじゃないから、と兄は言っていたけど、確かに、無造作に置かれている物の中に、そんな大切な物が混じっているって思わないかも……」
一つ頷き、それからシュトリナはリオネルに目を向けた。
「なさそうでも、一応は探してみるのがいいんじゃないかな、って思いますけど……」
「そうですね。それに、抜け道とかもやっぱり、ルシーナ司教のお部屋にあるんじゃないか、って、ボクは思います」
ベルが力強く同意する。それを見て、しばし考えていたリオネルだったが、やがては覚悟を決めた様子で頷いて……。
「わかりました。いずれにせよ、何もせずに手をこまねいてはいられないのですから。ミーア姫殿下が言っておられたとおり、できることはなんでもやる、ぐらいに考えておきましょう」
かくして、ベル探検隊feat.リオネルは、ルシーナ司教邸の探索を開始した。