第百二十四話 ミーア姫、孫の成長を心強く……
「り、リオネルさんが、ベルのお祖父さま……? そ、それは……ええと?」
ミーア、一瞬、混乱するも、すぐに考え出す。
「つまり、まだ見ぬわたくしの娘、パトリシャンヌと結婚するのが、リオネルさんの子ども、ということかしら?」
その問いに、ベルは無言で頷いた。どうやら、冗談ではなさそうだ……と判断したミーアは、しっかりとベルの目を見つめて……。
「その根拠は? なにかございますの?」
「確実ではありませんが、父上の面影があるように思います」
意外と冷静な口調だったが、しかし、そう言われても、ミーアのほうとしては検証のしようがないわけで……。
「ううん、まぁ、確かに冒険愛好家のところもベルに似てますわね……」
ミーアは腕組みしつつ、唸る。
「そういえば、ベルのお父さま……わたくしの義理の息子に当たる人のことを、詳しく聞いたことはございませんでしたわね」
「はい。ええと、リーナちゃんにはすでに話したことなのですが、ボクの父は、ツロギニア王国のチャルコス伯爵家の人間で……」
そうして、ベルは改めて、自らの身の上話をしていく。それを聞くにつれ、ミーアの眉間の皺が深くなっていく。
「なるほど、ベルの父方のお祖父さまは正体不明の人物で……それがリオネルさんと、そういうことですわね」
「ツロギニア王国は、ヴェールガ公国とも国境を接する国ですね。古くより、ヴェールガ公国の庇護を受けてきた国でもある。そのため、ヴェールガに追従することが多く、司教の派遣も頻繁に行われているはずです」
国が近ければ、食や風習も近い。ヴェールガから移り住む者も多いはずだ。
関係が深いツロギニアで、リオネルが生涯の伴侶を見つけるということは、あり得ないでもないような気がするが……。
「でも、結婚自体はしていなかった……それが気になりますわね。ツロギニア王国の貴族令嬢と結ばれる可能性はむしろ高そうですし、それほど難しいこともなさそうですのに」
過去に何度も、両国の貴族同士の婚姻というのは結ばれてきたはずだ。リオネルがツロギニアの伯爵家の令嬢と結婚したいと言ったところで、反対は出なさそうだが。
「それに、ベルのお父さまがルシーナ家を名乗らなかったのも気になりますわね。ふぅむ、謎が多いですわ」
「もしかして……リオネルお祖父さま……実はああ見えて、ものすごく遊び人で、お祖母さまの乙女心をもてあそんだとか……」
ベルが、なにやら、疑わしそうな目つきでつぶやく。
「あの真面目なリオネルさんが、ですの? まさか、そんなことは……。仮にも司教に連なる方ですし、子どもだけ作って結婚はしない、などということが許されるはずは……」
言いかけて、ミーアははたと思い出す。
――そういえば、アベルも以前は遊び人でしたわね……。今では、あんなに誠実な人ですのに……。真面目な殿方って、なにかショックなことがあると、そのようになってしまうものなのかしら……例えば、今回の時とはまた違って、リオネルさんは、生徒会長選挙で、わたくしに敗北を喫しているはずですし……。
司教帝レア自体は、ベルのいた未来では登場していないので、はたして、ルシーナ家でなにが起きたのかは定かではないが、リオネルはチャルコス伯爵令嬢との間に子を成し、そして、婚儀を結ぶことはなかったということだろうか。
まぁ、ベルの言うことを真に受ければ、であるが……。
「いずれにせよ……ますます、今回のことを軽々に扱うことはできなくなってしまいましたわ」
いざとなれば、皇女専属近衛隊の護衛を頼って、さっさとセントバレーヌを脱出。そんな選択肢は、もう取れない。
「事を荒立てずに解決しなければならなくなりましたわ。ルシーナ司教一家が処断などということになれば、ベルが生まれなくなってしまいますし……」
っと、そう言った瞬間だった!
ミーアの背筋にゾクゾクっとした寒気が走る。それは、断頭台の形をしたヤツが放つのに、極めて近しい感覚……殺気にも似たなにかの気配!
原因を探るようにシュシュっと辺りを見回せば……シュトリナがものすごく怖い目で見つめていた! 何なら、その隣にいるリンシャの目つきも微妙に鋭い。これは怖い!
「ま、まぁ……やるべきことは変わりませんわ。今回の出来事をできるだけ穏便に解決し、ルシーナ司教一家に対する影響もできるだけ少なくする。そのために、ルシーナ司教を説得し、戦争を止める。これしかありませんわ」
そう言いつつ、ミーアはこちらに向かっているであろうラフィーナに想いを馳せる。
――ああ、ラフィーナさま、早く来ていただけないかしら……? 本当に……。
なぁんて、早くも他人任せにしたくなってくるミーアであったが……。
「リオネルくんがツロギニア王国に行くようにしないといけませんね」
ベルの言葉にハッとする。
「そうですわね……。どのような経緯で行くのかはわかりませんけれど、きちんと条件を整えておいたほうが良さそうですわ。そういう意味でも、ベルとリーナさんには引き続きリオネルさんについていていただくのが良いのですわね」
「任せてください! ツロギニアにある冒険スポットを調べて、リオネルくんにたっぷりアピールしておきます」
ドン、っと胸を叩くベルを、ミーアは心強く……心、強く? は思わなかったが、ともかく、任せてみよう、という気になるミーアであった。
「わたくしも頑張らねば……」
そう、気合も入っていた……のだが。悲劇の足音はすぐ近くまで来ていた。