第百二十二話 驚愕の事実!(ベル比)
部屋に戻ると、すでにベルとシュトリナが待ち構えていた。ミーアがリオネルと共に入ってくると、二人は、なにかもの言いたげな顔をしたが……。
「そうですわね……。とりあえず、リオネルさんがなにかお話があるみたいですから、そちらから先に聞きますわ」
ミーアは三人の顔を見比べてから言った。リオネルは、厳しい顔で頷いてから口を開いた。
「実は……母から聞いた話なのですが、父上があのように強硬な態度を取るのは、どうやら、過去の事件が原因なのではないか、と……」
「ほう……」
頷き、先を促すミーアに、リオネルは苦しげな顔のまま続ける。
かつて、ツロギニアで起きたこと……。飢饉と、王侯貴族による食料の独占、救えなかった人たちのこと……。
「派遣司教であったため、できることがあまりにも少なく……無力の内に多くの命が失われていったと……。母は、その時はまだ父と結婚してはいなかったため、あくまでも伝聞らしいのですが……」
「そう……」
ミーアは、珍しく、重たいため息を吐いた。前時間軸の自分たちのことを少しだけ思い出していたのだ。
飢えた民草を前になにもできず、ただ、頭を下げるしかできなかったこと……食料を用意する手立てはなく、無数の命が失われていくのを前にして、ただ無力感に打ちひしがれるという経験……。
――ルシーナ司教も、わたくしと同じようなことを経験されていたのですわね。
どこか憂いを帯びたルシーナ司教の顔を思い浮かべながら、ミーアはつぶやく。
「その時の経験から、今回のことを……。なるほど……。ルシーナ司教には志があり、引けない理由がある、というわけですわね……」
腕組みし、眉間に皺を寄せつつ、しかつめらしい顔をして。
「この港湾都市、セントバレーヌに、より強くヴェールガ公国の意向を反映させることができれば、少なくとも近隣の国々で食料が不足することはなくなる。飢饉に乗じて、食料の価格を釣り上げることもなくなる、というわけですわね」
港というものは、極めて重要な拠点だ。海路によって輸送される物資は膨大な量だし、海からは海産物の恵みを得ることもできる。
ゆえに、セントバレーヌの統治者が道徳的に優れた存在であるべき、というのは理解できなくもない。のだが……。
ミーアは、そこで、ふむ、と唸った。
――これは……どうなのかしら……?
一見して、リオネルの言う動機はわからないではないのだが……本当に、それを真に受けて良いものだろうか……。なにやら……どこか釈然としないものがあるような……。
わずかの逡巡……その後、ミーアは思考を変える。
こういう時、一番、アテにならないのは自らの頭脳であることを、帝国の叡智はよーく知っている。それゆえ、ミーアはすぐそばに控える帝国の叡智の知恵袋、真・帝国の叡智ことルードヴィッヒに目を向ける。
「どうかしら、ルードヴィッヒ。あなたは、どう感じますかしら?」
「そう……ですね」
ルードヴィッヒは眼鏡をクイッと上げて……。
「これだけ大きなことをするにしては……リターンが少ないように思います。軍を動かし、場合によっては更迭されるリスクを冒してまですることなのかどうか……」
「リーナも同感です。それに、仮にセントバレーヌの商人たちの上に君臨したとして……彼らが行った先の国で、どんな商売をするかまでは縛れない。それに、それこそ、飢饉が起きている国の王侯貴族に接収されてしまえば意味がないんじゃないか、ってリーナは思います」
シュトリナが補足するように口を開いた。
知者二人の意見が一致しているとなれば、ミーアとしては反対する理由もなし。
「そうですわね、わたくしも同意見ですわ」
神妙な顔つきで、いけしゃあしゃあと言い放ちつつ、ミーアは、その流れに乗らんとする。精一杯、パイ包み焼きを消費して、ミーアは脳みそを回転させていく。
「リーナさんの指摘する通り、動機と目的がちぐはぐ、というだけであれば、動機が間違っているケースと、目的が違っているケースが考えられますわ。けれど、そこにリターンが少なすぎるということも加えると……動機のほうではなく、目的が違っているのではないか……という気がしますわね」
「これだけ大きなことをして、セントバレーヌの統治権が目的では割に合わない。つまり、父上の狙いがセントバレーヌだけではない、と?」
ゴクリ、と喉を鳴らすリオネルに、ミーアは、もくもく煙を上げつつある頭で頷いて……。
「しかし、これだけではまだ何とも言えませんわね。いずれにせよ、はっきりとした動機と、譲れない想いを持ってルシーナ司教が行動していることだけはわかりましたけど」
これは、説得がなかなか大変そうだぞ、とため息を吐くミーアである。
「ともかく、両軍を止めることはディオンさんに任せて、わたくしたちは引き続き、ルシーナ司教のことをなんとかしますわよ」
それから、ミーアはリオネルに目をやり、
「ということで、申し訳ありませんけど、リオネルさんにはもう少しルシーナ司教のことを探っていただけると嬉しいですわ。当時の使用人の方からも引き続き、聞き取りをしていただけるかしら?」
ミーアの要請を受けて、リオネルが生真面目な顔で頷いた。
さて、リオネルが退室した後、ミーアは大きなあくびを一つ。
本日摂取した分のカロリーを頭脳労働に当てた(すっかりそのつもりになっている)ミーアは、そろそろ眠くなりかけていたが……。そのままベッドに直行、というわけにはいかなかった。
ベルとシュトリナ、それにリンシャが物言いたげな顔で待っていたからだ。
ミーアはあくびを噛み殺しつつ、ベルたちのほうに目を向けた。
「それで、なにか、追加の報告があるのかしら?」
話を向けられ、ベルは一瞬、言い淀むが……すぐに意を決した顔で……。
「ミーアお祖母さま……あの、リオネルくんですが……」
一度言葉を切って、自らを落ち着けるように息を吸って……吐いて。それからベルはキッと顔を上げて……。
「ボクのお祖父さまなんじゃないかと思います……たぶん」
「はぇ……?」
突然のことに目を丸くするミーアであった。