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第一〇四話 ミーア姫と正しい人工呼吸

 浮遊感の直後、襲ってきたのは冷たい水の感触だった。

 頭から川に落ちたミーアは、その水深の深さに救われて……、次の瞬間、その深さに殺されそうになる。

「あばばばば……」

 そう、ミーアは……泳げないのだ。

 いや、厳密に言うと泳げないかどうかは不明だった。なぜなら、ミーア、そもそも泳いだことがない。

 足がつかないほど深い水に入ったことがないのだ。

 川や海で泳ぐという文化は、ティアムーン帝国にはなかった。

 ミーアはお風呂が好きだから、その分、水に親しんでいたといえるかもしれないが、それで泳ぐのが得意とはとても言えないわけで。

「がぼぼぼぼ……」

 口から泡を吐き出しつつ、ミーアの体は激流にもみくちゃにされ、徐々に川底へと沈んでいく。

 息ができずに胸が苦しくなって、目の前がチカチカし始めた。

 ――ああ、それに、なんだか、とっても気持ちが悪い、がぼっ……。

 上も下もなく、ぐるんぐるん、目が回り、すでに馬車酔いで疲弊しきったミーアの三半規管は限界を迎えて……。

 ――ああ、わたくし、ここで死ぬのですわね。でも、ギロチンよりは多少マシな死に方だったのではないかしら……? おえ……。

 そう考えると、なんだか、ちょっとだけ胸の中のつかえがとれたような……、気持ち悪いのがほんの少しだけなくなったような気がして……。

 後に残ったのは切ないような、甘酸っぱくて、ちょっぴり苦い後味……。

 そうして、ミーアの意識は闇の中に沈んでいった。


「……ア姫、おい、返事をしろ、ミーア姫っ!」

 どこか遠くで、自分を呼ぶ声。

 次いで、ゆさゆさと、体が揺さぶられる感触。

 ぺちぺち、と頬を叩かれる感触。

 ……そして、口の中にかすかに残る酸味も。

 どれも、すべてが遠くて……、まるで水面越しに何かをされているような感じがした。

 ――うう、これ、は? わたくしは、いったい、どうなって……?

 ミーアは全精力を振り絞って、なんとか目を開けようとする。

 と、すぐ目の前に、シオン王子の端整な顔が見えた。

 ――シオン王子? いったいなにを?

 ぼんやりと霞がかかったような思考、そこに、昔、アンヌとした話がよみがえってきた。

 ――ああ、そう言えば……エリスの小説に、書いてたってアンヌが言って、ましたわね。

 溺れた人の息を戻すために、接吻して息を吹き込むとか、何とか……。

 ――こんなのイヤらしい! って言いつつ、でもステキって思いましたっけ……。と、いうことは……あら?

 ミーアは、ピンときた!

 ――まっ、まさか、シオン王子、わ、わたくしに、接吻(キス)を? そっ、そんな、わたくしの初めては、アベル王子にって、思ってましたのにっ!

 前世と今世を合わせて、初めての事態に、ミーアは大いに混乱した。

 まさか、自分がそんな境遇に陥るなんて思っていなかったのだ。しかも、相手が憎き仇敵であるシオン王子であるなどと……。

 ――ああ、アベル王子、申し訳ございません……。で、でも、まぁ……、確かにこのシチュエーションはちょっぴりステキですわね。これは、仕方ありませんわ、多少ドキドキしたとしても。これは、そう、相手が誰であれ、ドキドキするシチュエーションですし……、そう不可抗力ですわね、不可抗力……。

 などと思い、ミーアはギュッと目を閉じた。

 ついでに、口の中に水が溜まっているのもどうかと思ったので、こっそり苦みのある水を吐き出した。

 次の瞬間! ミーアの顔が横に向けられて……。

 ――ん? あら、なぜ横向きに……?

 などと疑問に感じる暇もなく、唇に何かが触れて……、

 ――ひんっ!

 ミーアが情けない悲鳴を心の中で上げた次の瞬間!

 ……ソレが口の中に入ってきた。

 微妙に硬いそれは、ミーアの想像とはちょっぴり違って……。

 ――あ、あら? これはいったい?

 それは、見る間にミーアの喉奥まで入ってきて、

「おげっ!」

 ロマンチックとは程遠い声を上げて、ミーアの意識は覚醒した。


※サンクランド式人工呼吸の注意点!

 ③ 溺れた人が吐いた場合

 溺れた人が吐いた場合、直ちに首を横に向けましょう。その後、指などで異物をかき出して、口の中を綺麗にしてから、人工呼吸を続けましょう。

 


 ……かくして、シオンのちょっぴり不慣れながらも、適切な処置により、ミーアの初接吻(ファーストキッス)は守られたのだった。

 よかったね!



 涙目で、四つん這いになり、その場にひとしきり水を吐き出してから、ミーアはげっそりした顔を上げた。

「ああ、よかった。息を吹き返したか」

 目の前には、いかにも安堵した表情のシオンがいた。

「し、死ぬかと思いましたわ」

「ああ、あの激流は、確かに危なかったな」

 ――違いますわっ! 喉の奥に指突っ込まれて、苦しかったからですわっ! レディーになんて声出させてますのっ!

 微妙に不埒な妄想にふけってしまった分、余計に恥ずかしいミーアである。

 まぁ、しかし、さすがに命を救われておいてそれはないか、と思い直して、

「助けていただいて、ありがとうございました。シオン王子」

 殊勝にお礼など言ってみるが、シオンの表情は優れなかった。

「お礼を言うには、少しばかり早いな……」

 そう言ってあたりを見回すシオン。

 その視線を追って、ミーアも改めて周囲に目を配る。

「ここは……」

「先ほど落ちた川の下流だ。以前、見た地図から推測すると、恐らくレムノ王国の北西部じゃないかと思うが……」

「ああ、レムノ王国に、入ることができたんですのね……」

「入れたは入れたんだが……」

 苦虫を噛み潰したような顔で、シオンは続ける。

「位置がかなり悪い。王都からはかなりの距離があると思うし、隣国との国境を越えるには川を越えて……」

 シオンの視線の先には、峻厳(しゅんげん)な山が横たわっていた。


そろそろストックがピンチになってまいりました。

もう少ししたら、更新速度を落とさせていただきます。

詳しくはまた後日

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― 新着の感想 ―
[良い点] >直ちに首を横に向けましょう アニメだと、首を横に向けた時になんか「グキッ」って音がしたような……。シオン、力を入れすぎてミーアの首の骨を折ったりしないでね?
[一言] 意外と流された距離がある?! その間にスティクス河を渡ってしまわなくて良かった! ん?河は渡れてた方が良かったのかな(それはこの世の方の川)
[気になる点] 第二十話にて、前時間軸では橋から落ちて溺れそうになったと書いてあったので、どっちかというと泳げないのでは? とりあえず、泳げないかどうかも不明ってのは気になりました。
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