第百十八話 愚直な追求
さて、ミーアたちと別れたリオネル一行は、一路、ルシーナ司教の屋敷に向かっていた。
「やはり、父上のことを聞くのは母上、それに、付き合いの古い使用人たちに聞くのが良いと思います」
そう言うリオネルに、頷くのは、シュトリナだった。
「話を聞くならば、今の内ですね。ルシーナ司教と対立したとわかったら、素直に教えてもらえないと思うし……」
そう言ってから、シュトリナはリオネルの顔を眺めた。その顔は、緊張と不安を色濃く映していた。
実の父と、場合によっては母や周りの使用人たちすべてと対立するかもしれないのだ。その気持ちが明るいはずもないが……。あえて指摘せず、続ける。
「問題は、ルシーナ司教のしようとしていることを、みなさんが把握しているかどうかということですけど……」
はたして、素直に情報を聞き出せるのか……少しばかり不安を感じるシュトリナである。
――もしも、納得づくで協力しているというのなら、話を聞き出すのは難しいんじゃないかな。ルシーナ司教は、別に暴君ではないし、どちらかというとみなから慕われている印象がある。それに、見たところ夫婦仲も決して悪くないし……。とすると、突くべき隙は、あまり多くない。リオネル・ボーカウ・ルシーナとレア、ボーカウ・ルシーナの兄妹がこちらの味方にいるということぐらいしか……。
場合によっては、なにかしらのお薬を処方したほうが、気持ちよく話してもらえるんじゃないかな……などと……可憐な笑みを浮かべつつも思ってしまうシュトリナであったのだが……。
「母上には、きちんとお話しすればわかっていただけると思います。もしもわかっていただけなければ……私が説得します」
その裏表のない真っ直ぐな……真っ直ぐすぎる言葉を聞いて、シュトリナは、思わずたじろいだ。
改めて見ると、リオネルの顔には、確かな決意の色が窺えた。真っ直ぐに前だけ見つめるのは、澄み切った瞳……そのあまりにも純粋な覚悟に、思わず息を呑む。
なんて単純な……と嗤うことは簡単だ。けれど、彼の言葉からは、確かな威厳のようなものが感じられた。
――これは、逆に強みがあるのかもしれない。それなら、リーナたちは……。
っと、考えを勧めようとしたところで……。
「あの、リオネルくん……ボクにも考えがあります」
ベルがそっと手を挙げた。シュトリナは……ちょおっぴり嫌な予感がした。
こういう真剣な場面においても、割とアレなことを言い出すことがあるベルは……極めて真面目腐った口調で……
「あの……お家に秘密の隠し部屋とか……ないんですか? もしかしたら、そこに秘密の計画書とか……」
「ベルさま……ちょっと」
さすがに、この空気では自重を……っとリンシャが口を挟みかけたところで……。
「なるほど。探してみる価値は、あるかもしれません。基本的に父上は、そういったものをしっかり管理していると思いますので、探し出すのは難しいでしょうが……」
「ふっふっふ、隠されている秘密を暴くのが冒険というものです」
「そうですね。確かに、あの屋敷は古いですし、私も知らない部屋があるかもしれません。探してみる価値はありますね」
心なしか、肩の力を抜き、楽しそうに話すリオネル。
――緊張が解けたならいいけど……でも、あの二人、やっぱり気が合うのかな……?
首を傾げるシュトリナであった。
さて、そんなこんなで、ある程度、事前に話し合ってから、彼らはルシーナ司教邸に乗り込んだ。
「あら、リオネル……。みなさんも、ちょうど良かったわ」
ルシーナ司教の妻、レベッカ・ボーカウ・ルシーナは、優しい笑みで出迎えに出てきた。
「もうすぐランチの準備ができるわ。今日はリオネルの好物のパイ包み焼きよ。良いキノコも手に入ったから、姫殿下にもお食べいただこうと思っているのだけど……あら、ミーア姫殿下たちは……?」
「お母さま、お聞きしたいことがございます」
途中で言葉を遮って、リオネルが言った。
「母上……今、このセントバレーヌでなにが起きつつあるのか、母上はご存知ですか?」
我が子の、探るような言葉……。それを聞いたルシーナ夫人は、一転、悲しげな、寂しげな笑みを浮かべた。
「そう、聞いたのね、リオネル。あの人の考えを……」
それから、彼女は辺りをキョロキョロ見回した。
「レアも……?」
「ええ。レアも知っています。そして……私もレアも、それを止めるべきだと考えています」
はっきりとした口調で、リオネルは言った。
「母上は、どうなのですか? このセントバレーヌを、商人組合の手からヴェールガ公国に、取り戻すべきだとお考えですか?」
その問いに、ルシーナ夫人は小さく首を傾げてみせた。
「あら、リオネル。お父さまのお考えが、間違っていたことがあったかしら?」
なにか、とぼけるような、はぐらかすような言葉……。すかさず、それを指摘しようとしたシュトリナであったが……。
「父上と言えど、間違えることはあります」
その前に、リオネルが決然とした口調で言った。
「私はそれを、生徒会長選挙で知りました。父上は、私のことをミーア姫殿下に勝ち得る器と見て、期待してくださいました。でも違った……。結果として、私は……危うくしてはいけないことをしそうになった」
リオネルはキュッと拳を握りしめてから続ける。
「私は父上の期待を裏切った。父上は、見立てを誤ったのです。父上もまた人です。神ではない。だから、間違うことはあります」
そう言ってから、リオネルは胸に手を当てた。
「それに、母上……僕は……リオネル・ボーカウ・ルシーナなのです。父上、ルシーナ伯爵の後を継ぐのは、僕なのです。父が天に召された後もなお、僕はこの世に生き、判断を下していくことになる。だからこそ僕は、知りたい。知らなければだめなんです。父上が、なにを考えているのか……なぜ、その考えを得るに至ったか……。知らなければ……」
リオネルに気圧されたように、ルシーナ夫人は目を瞬かせた。けれど、すぐに、まぶしいものを見るかのように、その目が細められる。
「そう……。そうね……セントノエルで良い学びをしているみたいね……」
ギュッと目を閉じてから、
「あの人が、マルティンが今回のことを起こしたのは……多分、若い時に派遣されていた国、ツロギニア王国でのことが関係していると思う……」
「ツロギニア王国……?」
聞き覚えのある名前……シュトリナは一瞬考えて、すぐに気付く。
――あれ? それって、確かベルちゃんのお祖父さまの……?
軽く視線を向けると、ベルは、んー? っと首を傾げていた。それから、リオネルのほうに目を向け、ジーっと目をすがめて……なにかに気付いたのか、口をぽっかーんと開けるのだった。