第百十七話 ほどほどでいい……
さて……シャルガールに大まかな肖像画のイメージを伝え終わった時だった。
「ところで、ミーア姫殿下、このラフィーナさまの肖像画はなにに使うご予定ですか? ラフィーナさまへのプレゼントとか?」
唐突な問いに、ミーアは首を傾げた。
「……プレゼント?」
ミーア、シャルガールの肖像画群を改めて眺めて、それから、自分が指定した絵を想像して、
「はて…………プレゼント」
「はい。ラフィーナさまへのプレゼントかと思ったのですが……」
いやいやいや、少なくともラフィーナさまへのプレゼントにはなりませんでしょう……と心の中でつぶやくミーアである。プレゼントしたら喜びそうな神父に心当たりがないわけではなかったが……。
「まぁ、そう……ですわね。プレゼント……そのぐらいのつもりで描いていただけると嬉しいですわね。うん……。しかし、残念ながら、プレゼントというわけではありませんわ」
「では、なんのためのものでしょうか……?」
「それは……」
さて、なんと答えたものか……一瞬、黙ったミーアであったが……。
――まぁ、別に隠す必要もございませんかしら?
小さく頷き、言った。
「詳しいことは省きますけれど、このセントバレーヌを救うためのもの、ですわ。今現在、このセントバレーヌには危機が迫っておりますの」
「え? セントバレーヌを救うために……私の絵が……?」
きょとん、と首を傾げるシャルガールに、ミーアは頷いてみせた。
「ええ。そもそも、わたくしたちが、セントバレーヌに来たのは、その危機を回避するためなんですの」
今までの会話から、シャルガールに対しては、変に持って回ったことは言わないほうがいいと判断する。ロクなことになりそうにない。
「でも、なぜ、そのようなことを……? ここはセントバレーヌ、ヴェールガの領土です。帝国の皇女殿下には関係ないのでは? それに、民を救うためにわざわざ、皇女殿下が? いったいなぜ……」
「決まっておりますわ。わたくし自身の幸せのためですわ」
シャルガールにはストレートな物言いを、できるだけ素直に……っと思っていたため、ミーア、勢い余って本音がポロリしてしまった。
口に出してから、あ、やばい……っと思うも……。
「つまり、民の幸せが、ミーア姫殿下の幸せ……ということですか?」
どうやら、良い感じに解釈してくれたらしい。
なので、ミーアはそれに乗ることにする。
「そうですわ。そのために、いろいろと駆けずりまわらなければならないのですわ」
そう言った刹那、ミーアの脳内に、ある閃きがあった。思い付きに促されるままに、ミーアは続ける。
「だからこそ、あなたのモデルには相応しくないのかもしれませんわね……。帝都やセントノエルで、のんびり美容に勤しむわけにもいかないものですから」
ちょっぴり、ミーアは付け足した。
いろいろな場所に行き、いろいろな人と共に、いろいろな物を食べなければならない。だから、ちょっぴり、FNYって、やや絵のモデルに相応しくなくなってしまう。
それって、もう、仕方のないことじゃないかしら? っと、訴えかけたいミーアである。
だから、絵のモデルに相応しくなくっても、甘いものを控えたりとか、しなくってもいいんじゃないかしら? っと、アンヌに訴えかけたいミーアなのである!
「忙しい中でも、このアンヌは精一杯、わたくしの美容と健康に気を使ってくれていますわ。それで、わたくしは十分。だから、もしもあなたの美の基準にわたくしが満たないというのなら、きっとあなたの求める美というのは、わたくしには不要のものなのでしょう。わたくしには、それ以上に大切なものがあるのですから」
過度に甘いものを控えて、過度な運動をしてまで求める美など、ミーアは欲しくはないのだ! そう、何事も、ほどほどがいい、それこそがミーアの理想なのだ。
「民を幸せにするために……美しさを捨てるっ!?」
「いや、捨てるとまでは言っておりませんけれど……っていうか、この方、あんまり話聞かない方ですわね?」
まぁ、わかってましたけど、っとミーアは、ため息を吐き、
「ともあれ、見た目をどうこう言っていられない時があるのも確かですわね。だから、まぁ、その、絵のモデルに相応しくないと言われてしまっても仕方ありませんわ。うんうん……」
「そんな……見た目……美より大切なことがある……ある? そんなことが、ある……いや、美が最上ならば、むしろ、見た目は……逆に?」
なにやら、ぶつぶつとつぶやくシャルガール。
「ええと、それで、依頼に関しては、引き受けていただけたのかしら?」
そう問いかければ、シャルガールは、ひどく神妙な顔をして頷いた。
「それと、万が一、例の依頼人が来たらその時は急ぎお知らせください。商人組合のほうで容疑者があがった時に、確認にもご協力いただければ嬉しいのですが」
付け加えるように口を開いたルードヴィッヒに、シャルガールは頷いて、
「ああ、はい。わかりました。お呼びいただければすぐにでも参ります」
素直に請け負ってくれるのだった。
さて、宿屋を出てすぐに、ルードヴィッヒが話しかけてきた。
「ミーアさま、このまま商人組合に行き、例の商人についての調査をするのがよろしいかと思いますが……」
「ああ、そうですわね……」
ミーアは少しだけ考えてから……。
「ビオンデッティさんや目ぼしい方たちと会談して、これからの動きについても少し話しておいたほうがいいですわね」
ディオンが失敗するなど、万に一つもあり得ないと思っているミーアではあるが……かといって彼が成功したら、それで終わりということでもない。それで撤退してくれれば楽でいいのだが……あくまでも、それは時間稼ぎに過ぎない。やるべきことはたくさんあるのだ。
「一つ一つやれることからやって行きましょうか」
ミーアの指示に、ルードヴィッヒとアンヌは静かに頷いた。
「しかし、こちらはなんとかなりましたけれど……ベルたちは大丈夫かしら?」
ふと、ミーアはつぶやいた。
「まぁ、リーナさんもいますし……リンシャさんもなかなかに機転が利く方。それに、リオネルさんも優秀ですし……。まぁ、ベルは置いておくとして、あの三人がいるならば、たぶん大丈夫だと思いますけれど……冒険だの探検だのと言ってなければいいのですけれど……」
ミーアが、そんなことを思っていた頃……。ベルたちはというと……。




