第百十五話 イロイロなラフィーナ……ミーアは混乱した!
「はっ、派手な……?」
シャルガールが、小さく声を震わせた。
「そっ、それは……ラフィーナさまを、私の好きに描いてもいいということでしょうか?」
「あら……? 妙ですわ。別にそんなことは言ってないのですけど……」
シャルガールの口にした言葉に、微妙な飛躍を感じて、ミーア、思わず首を傾げる。
はて? 大陸共通語の「派手」に「好き勝手」のニュアンスなんてあったかしら? などと思いつつ、訂正を試みる。
「そうではなく、目立つ感じで、と言いますか……」
「なるほどなるほど、目を引く感じ、ということですね。ふむ……露出を増やすと人目を惹きますが、こう、おへそが出てる感じのキワドイ衣装とかどうでしょう……?」
「いや、それは駄目でしょう」
……真顔で答える常識人のミーアである。
いやいやいや……おへそが見えたいかがわしい絵とか、なにを考えてんだ! と思わずツッコミを入れてしまったミーアなのである。
確かにそれならば、女神肖像画の件は有耶無耶になるだろうが、より大きな問題がやってくるわけで……それではまったく意味がないのだ。
――っというか、この方、微妙に話が通じない感がありますわね……常識がないというかなんというか……。
っと思いかけたところで、ミーアは、いや、違うぞ! と気付く。
――ああ、つまりあれですわ。最初に言っていたとおり、この方、好き勝手に描くつもりなんですわ!
要するにシャルガールには、自分が描きたいビジョンがあり、その中から「派手な」や「目立つ」という条件に合うものを提案しているのだろう。
ただ、その描きたいデザインというのが、到底許容できないというか……獅子の尾を掴んでブンブン振る感じなだけで……。
「え、ええと……あの、わたくしの女神肖像画っぽい感じで……その色違いとかでも全然いいのですけど……」
「あー、でも、あれは一度、描きましたし……。いまいち、これから描こうというやる気がなぁ……。お金さえ払ってもらえるなら、頑張って描きますけど、やる気が起きない物って描くのにとっても時間がかかってしまって……」
なぁんて言ってやがる! 実になんともわがままなヤツである!
――これは、なかなか、骨が折れるかも……。
頭を抱えつつ、ミーアは言った。
「ええと、ちなみにあなたが今までに描いた絵は、どんな感じですの?」
なんとか、シャルガールの好みを探ろうと、ダメで元々で、そんなことを言い出すミーアであったが……。
「あ、見ますか? 私が描いた聖女さまの肖像画案を!」
「あら、そんなものがございますの? それはいいかもしれませんわね」
さすがにヴェールガ公爵家に出そうとしてた肖像画案だったら変なことはしてないだろう……っと、思っていたミーアであったが……シャルガールがノリノリで差し出してきた絵の数々を見て……思わず唸る。
「こっ……これ、は……」
そのデザインに、思わず頭がクラァッとしてしまうミーアである。
一枚目は……なんか飛んでいた、ラフィーナが……。キラキラした星をつま先から出しながら、しかも、なにやら、人差し指を突き出して、こうカッコイ…………恥ずかしい! ポーズをとったラフィーナが、可愛らしくウインクしていた……ウインクしていたっ!
「ラフィーナさまを天使に見立てた肖像画があったので、それに躍動感と可憐さを付け足したのがそれです。発想に面白みがないので提出は見送りましたが……分析によると、どうやら、ラフィーナさまは、天使の衣装が好きみたいですね。天使の衣装が選ばれることがとっても多い感じがします」
それは、天使の衣装が一番マシだからなんじゃ……? などと思うミーアだったが……あえてそれを口にすることはなく……。
「へー、そうなんですのねー」
やや言葉から感情が抜けてしまった気がするが、まぁ、置いておいて……次の一枚を手に取り……。
「……おぅ」
思わず声が漏れる。次の一枚は……なんか、こう、ラフィーナの頭に耳が生えていた。獅子の耳だった。着てる服ももふもふとした毛皮状の服で、ぴょこんと尻尾まで生えていた。
ラフィーナに獅子の格好をさせて、その中に眠る獅子を目覚めさせようとは、なんと高度な……などと慄きつつも、ミーアは思う。
――しかし、これは可愛らしいですし、露出もないからダメではないのでしょうけれど……獣の格好というのが引っかかりそうですわね。これを描かせたら、ラフィーナさまを悪魔扱いしてるとか言われてしまいそうですわ。これは使えなさそう……。
っと、ミーアが思っていると……。
「これは、先輩が攻め過ぎだというので断念しました。悪魔っぽいとか言ってましたけど、今にして思えば、私のセンスを恐れて邪魔をしただけかもしれません」
どうやら、シャルガールの先輩は、自分と同じ常識人らしい、とミーアは判断する。
――その方がいなかったら、シャルガールさんの立場はもっと悪くなっていたかもしれませんわ。
などと思うミーアである。さらに、
「あ、これは自信作ですね。無難も無難に怪物を倒す聖女の力強さを表したもので……」
などと胸を張って、シャルガールが出してきたもの、それは、白いドレスを身に着けたラフィーナが、でっかい光の剣で怪物を切り倒してるものだった。それはもう大きい剣だった。ラフィーナの身長の二倍ぐらいの大きさがある。
しかも、それを振り切ってるラフィーナが、また、こう、実に、キラッキラしていた。
「見る角度によって色が変わるんですよ」
そう言われ、試してみると、ラフィーナの髪の色が変わった。ついでに瞳の色も、こう、派手になった。さらに、右と左で色が違う。
実に凝っている!
――これを見たら、ラフィーナさま……悩んでしまうのではないかしら……。自分が、周りからはこう見えてるのかしら? っと……。
「残念ながら、見せる前に先輩から止められました。ラフィーナさまのご不興を買うと……。本当かなぁ、と疑わしく思っていますが……」
どうやら、ラフィーナの心痛は、先輩の肖像画家によって回避されたらしい。なによりである。
――これは……公爵家の肖像画家をクビになっても仕方ないかも……?
などと思いかけたミーアだったが、直後、一枚の絵に目を留める。
「あら……これ……」
それは、同じくラフィーナが悪魔を滅する図だった。
――ふむ、題材としては無難ですし……それに、この衣装も……ちょっぴりスカートが短いけれど、まぁ、まとも……? 人魚とかよりは露出も抑えられてますし……。武器もあのでっかい剣とかよりは小さくて普通……?
ミーアは、その肖像画を角度を変えつつ眺めてから言った。
「うん、これは……いいんじゃないかしら?」
……あまりにアレな絵を見続けたために……ミーアの審美眼は曇っていたっ!
ミーアは……混乱しているのだ。
「ああ、やはり、それですか。お目が高い。それは、肖像画コンペで、あと一歩までいったものです」
「まぁ、そうなんですのね! ふふふ、やはりわたくしの審美眼も大したものということかしら。では、こういうデザインで、女神をイメージした絵がよろしいのですけど、描けますかしら?」
「もちろんそれなら描きます。精魂込めて描かせていただきます」
なにやらテンション高く言うシャルガールに、ミーアは満足げに頷くのであった。
……大丈夫だろうか?
美術館に行くと美しい絵ってなんだろう……? と言う感じになりますよね。




