第百十三話 ルードヴィッヒの評価
さて、リオネルたちと別れたミーアは、ルードヴィッヒとアンヌ、それに、皇女専属近衛隊二名に守られて、シャルガールのいる宿屋へと向かった。
シャルガールは、どうやら、あまりお金がないようで、その滞在先は小さな、古びた建物だった。宿屋だけでなく、周りの町全体が古びていて、少しばかり荒々しい雰囲気がある。
「本来であれば、あまりこうした裏通りには姫殿下をお連れしたくないのですが……それでも治安はほどほどのところを保っているのがさすがですね」
近衛兵たちが辺りをキョロキョロしながら言った。なるほど、確かに建物自体は古びて、汚れたところは見えるが、道に人が倒れていることもなく、怪しげな男たちが物陰でたむろしているようなこともない。
「シャルガールさん行きつけの酒場もそうでしたけれど、町の守備兵が見回りを頑張っているということかしら……。信用が大事だから、商人たちが厳しく言いつけているいうことなのでしょうね……ふむ」
ふと、ミーアは気になったのでルードヴィッヒのほうを振り向いて……。
「ルードヴィッヒ、ルシーナ司教の先ほどの話、あなたはどう思ったかしら?」
「そう……ですね」
その問いかけに、ルードヴィッヒは軽く眼鏡に触れながら……。
「彼の言っていることは……概ね正しいのだろうと思います。道義的には正しいですし、人格者でもあるのでしょう」
それから、ルードヴィッヒは辺りを……商人たちの築き上げた町を見た。
「利益のみを追求する思考は危険です。あのシャローク・コーンローグしかり、凡百の商人たちしかり……。他者を踏みつけにし、自己のみの利益を追求する、それは自分のみならず社会全体を不幸にする。だから、商売には、しっかりとした道義的な正しさが必要ですし、統治にもそれが必要というのは、厳正な事実でしょう。が……」
一度、言葉を切ってから、ルードヴィッヒはミーアに目を向けた。
「私は、ミーア姫殿下は、慈悲深い方だと思っています」
「ほう……」
突然の言葉に、ミーアは、しかつめらしい顔で腕組みする。
正直、思い当たることは特になかったが……まぁ、慈悲深いほうが断頭台を回避できる可能性は上がりそうなので、意識していなくても慈悲深く振る舞っていたことはあるだろう、たぶん……っと納得するミーアである。
「ですが、ミーア姫殿下は慈悲深さのみを理由に、なにかを強要することはなさらない方であると考えます。慈悲深くあることを求めるとしても、必ず、相手の利益を考える……いや、相手が喜んで、慈悲深く、善行を積めるように状況を整えるといえばいいでしょうか……」
顎に手をやりながら、ルードヴィッヒは続ける。
「ルシーナ司教のやり方は、正しさを誇示して、相手に義務を課すやり方のように思えます。ミーアさまは、どのようにすれば、相手がそれをできるか、しっかりと考えたやり方のように思います。正しいからそれに従えではなく、それを相手にさせるにはどうすればいいのかをしっかりと考えている……。私は、そちらのやり方のほうが優れていると思っていますが……」
「ふふふ、あなたに認められるのは、悪い気はしませんわね」
かつてのルードヴィッヒ・クソ・メガネ・ヒューイットに褒められているようで、なんとなく嬉しいミーアである。
そんなミーアに、ルードヴィッヒは難しい顔で続ける。
「ただ……ルシーナ司教がどこまで胸の内を明かしているのか……先ほど言っていたことを、どの程度、本気で言っているのか……。正直、判断に迷います」
「彼が偽りを口にしていたと……?」
「偽りなのか、あるいは、隠しごとなのか……。セントバレーヌのことがすべてか、それとも一部に過ぎないのか……確信が持てないのです。ですから、先ほど、リオネルさまへの指示には、感心させられました。ルシーナ司教の思惑を知るためには、情報が不足していると思いますので」
「ふぅむ……」
そうして、頭がくらっくらしてきたところで、
「まぁ、とりあえず、中に入りましょうか。こちらもやるべきことはやらなければなりませんし……」
ミーアの声で一行は宿屋の中に踏み込んだ。
「ああ、これは、ミーア姫殿下……。ご機嫌麗しゅう」
部屋を尋ねると、がさがさ、ごそそっと派手な音がした直後、帽子にローブを羽織ったシャルガールが出てきた。ぴょこん、ぴょこん、っとあちこちに髪が跳ねているのを見ると、どうやら、寝起きだったらしい。
「突然、お邪魔して申し訳ありませんでしたわね。少し、急ぎの用事があったものですから、来てしまったのですけど……お邪魔だったかしら?」
「いえ、なにも問題ありませんが……」
っと、シャルガールの視線で気付く。彼女の部屋は、どうやら、あまり広くはない。
「ふむ、全員は入りきれませんわね。それじゃあ……」
「ミーアさま……」
アンヌがスッと手を挙げる。
「どうか、私も一緒に……」
「あら、アンヌ。ええ、それはもちろんですけれど……」
珍しく主張してくるアンヌに首を傾げつつ、ミーアは近衛兵二人を部屋の前に残して、室内へ。
右には知恵袋ルードヴィッヒ。左には敏腕メイドアンヌを従えて、シャルガールと対峙した。
「それで、ご用というのは……」
「ええ、あなたにお聞きしたいことと、お願いしたいことがあるのですけど……」
そう言ってから、ミーアはルードヴィッヒに目を向ける。一つ頷き、ルードヴィッヒは言った。
「あなたに、ミーア姫殿下をモデルにした女神の肖像画を依頼した人物について……。もう一度、詳しく聞きたいのですが……」