第百十二話 リオネルの覚悟
ラフィーナがいる村が最も近い村だったとして、最短でも数日は戻ってこられないとのことだった。
「もしその村に居なければ、探さなければなりませんし、合流はますます遅れますわね。ラフィーナさまに来ていただければ心強いですけれど、それまで何もしないというわけにはいきませんわね。わたくしたちも頑張らねば……」
そう言って、ミーアが歩き出そうとしたところで、
「ミーアさま、よろしいでしょうか?」
ルードヴィッヒがそっと手を挙げた。
「あら、なにかしら? ルードヴィッヒ」
きょとん、と小首を傾げるミーアに、ルードヴィッヒは言った。
「シャルガール嬢のところに行くのであれば、肖像画の依頼をした商人の話をもう少し詳しく聞きたく思います。肖像画を流したのがその商人だとして……『地を這うモノの書』の出所も、もしかすると……」
「なるほど。その商人が蛇であり、何らかの意図をもって『地を這うモノの書』をルシーナ司教のところに流した、と……?」
「どうでしょう。ただ、地を這うモノの書と女神の肖像画の出現のタイミングが良すぎると思います。それに、ルシーナ司教の予想のとおり、商人組合の中に蛇が巣食っているのであれば彼らを全面的に信用もできなくなってくるでしょうし、いずれにせよより詳しく調べる必要があるかと……」
「なるほど、確かにその通りですわね。しかし、商人組合の調査は、ビオンデッティさんとクロエのお父さまにお願いしたいところですけど……。混沌の蛇の話を伏せながらというのは難しそうですわね」
それを言うならば、そもそも、彼らは信用できるのか、という根本的な話ではあるのだが……。
「クロエにも一緒に行ってもらって、監視していただくほうがよろしいかしら? いずれにせよ、シャルガールさんに協力を求めてからですわね」
それに、もしかすると、ラフィーナの肖像画を描いてもらうより良い作戦が思い浮かぶかもしれない。
「ミーアさま、申し訳ありません。ぼ……私は父をもう一度、説得してみます」
そこでリオネルが口を開いた。
「それは……」
「難しいことは重々承知しています。でも、妹が……レアが勇気を振り絞って行動した。私がなにもせずにいることはできません」
「そうですわね。時間もないですし、いろいろと手分けをしたほうがいいでしょうね。こちらについてきてもらっても仕方ありませんし、それならば……」
ふと、ミーアはそこで……ちょっぴり悪いことを思いつく。
――しかし、考えてみるとリオネルさんは、ルシーナ司教の息子さん……身内なんですわね……。であれば……もしかすると……なにかルシーナ司教の弱点とか、探り出せるのではないかしら!? ルシーナ司教の奥さまからも話を聞きやすいでしょうし……場合によっては、味方につけることだってできるかも……。
「あの、ミーア姫殿下……?」
不安そうに尋ねてくるリオネルに、ミーアはにっこーりと、とても良い笑顔を浮かべる。
「リオネルさん、ルシーナ司教の説得は大切なことですわ。けれど、闇雲にやっても意味がない感じがしますわ。わたくしが見たところ、あの方は、家族の情や、説得の熱意に動かされるような感情型の人ではない。どちらかと言えば、理性に訴えかけるような、理屈の人という感じがいたしますわ」
「ええ、確かに父はそういう人だと思いますが……」
「であれば、彼を合理的に納得させる、説得する材料が必要なのではないかしら?」
具体的には、彼の弱みとか、弱点とか、表に出たらまずい恥ずかしい過去とか、ついこちらの言うことを聞きたくなっちゃうようなヤバイ秘密とか……などと心の中で付け足すミーアである。
「なるほど……父が、あのように考えるに至った原因を探り、その方向からアプローチをするべき……と、そういうことでしょうか?」
リオネルの若干ズレた答えにも、しかつめらしい顔で、
「……ええ、まぁ、大体、そんなところですわ」
そうじゃないんだけどなぁ、もっと、こうスカッと言うことを聞かせられるもののほうがいいんだけどなぁ! などと思いつつも、深々と頷いてみせた。
「わかりました。やってみます」
っと、決意のこもった顔で頷くリオネル。それを見て、ベルがそっと近づいてきて……。
「あの、ミーアお姉さま、ボクもリオネルくんについて行ってもいいですか?」
「あら? ベル、珍しいですわね……」
ちょっぴり意外な申し出に、ミーアは目を瞬かせた。
「なんでしょう……? 同じ冒険愛好家としてというか……どうも他人事とは思えなくて、放っておけない感じがして……」
「ふぅむ……まぁ、そうですわね。彼が一人で動くのは心配ですし……」
ベルが行くのなら、シュトリナとリンシャも共に行くことになるだろう。それだけいれば、なにかあった時にも大丈夫……なはずだ。
「わかりましたわ。それでは、あなたたちもルシーナ司教のことを調べるのを手伝いなさい。説得に使えそうな材料を……その、イロイロと集めてくださいませね……」
その、イロイロのニュアンスに、シュトリナとリンシャは気付いたらしく……各々に力強く頷くのだった。
設定間違って遅れました。すみません。