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第一〇三話 ミーア姫、落ちる!

「ミーア姫、こっちに!」

「きゃあっ!」

 突如、体を引き寄せられて、ミーアはつんのめるようにして、馬車の前方に転がる。

「うっぷ!? なっ、何事ですのっ!?」

 危うく口から出ちゃいけない物が零れ落ちそうだったぞ、この野郎! と、文句を言おうとしたミーアだったが、顔を上げた先、鋭い表情を浮かべるシオンに言葉を失う。

 彼の視線の向かう先、それを追って、ミーアもそちらに顔を向けて……。

「なっ!?」

 ミーアは息を呑んだ。

 馬車の荷台の幌をめくり、一人の男が入ってきた。

 それは、黒装束に身を包んだ、細身の男だった。

 顔まで黒い布で覆い隠した男は、四人に視線を向けてから、腰の剣を引き抜いた。

 それは通常の騎士が持っているものより、少しばかり短く見えた。

「とっとっと、盗賊、ですの?」

 ギラリと光る刃に、ミーアが震える声を上げた。

「やれやれ、淑女(レディー)を怯えさせるとは、あまり感心しないな」

 言うが早いか、キースウッドが踏み込んだ。すでに、その手には抜かれた剣が握られている。

踏み込みと同時に放たれるのは、鋭い突き。狙うは敵の、刃物を持った方の腕だ。

 それは、シオン王子にも劣らない鋭い刺突。

 けれど――がいん、っと鈍い音を立てて刃が受け止められる。

 と同時に、敵の反撃。強力な一撃に、キースウッドはわずかに眉をひそめながら、一歩間合いを取る――かと思いきや、再びの踏み込み!

 不規則なリズムで一度、二度と斬りかかる。

 けれど、敵もさるもの、キースウッドの鋭い攻撃を右に左にとそらしていく。

 斬撃の応酬に、馬車の幌が無残に切り裂かれ、風でバタバタとはためいた。

「俺の攻撃を止める……か。やるなぁ。殿下、こいつただの盗賊じゃないみたいですよ」

「みたいだな。動きが素人じゃない」

 シオンは厳しい顔で頷く。

「お前、何者だ? 暗殺者か何かか?」

「って、暗殺者だったら、素直に言わないのでは? っと!」

 二人のやり取りの合間にも、敵が斬りこんでくる。

 一歩下がりつつ、キースウッドはそれを受け流す。それはさながら、ダンスのステップのように、流れる動作はいっそ美しささえ感じてしまいそうなほどに華麗だ。

「他人が会話をしてる時を狙うなんて、さすがに暗殺者。卑怯者だなぁ」

 呆れたように、からかうように、キースウッドが鼻で笑う。

 けれど、そんな態度にも特に腹を立てた様子もなく、敵はじりじりと距離を詰めてくる。

「そう簡単に間合いを詰めさせるとでも?」

 今度はキースウッドが動く。

 狭い荷台でも差支えのない、刺突を中心にした剣技。

 止められても、即座に次の動きにつなげる完璧な攻撃は、致命傷こそ与えられないものの、相手の足止めには十分なはずで……。

「妙だな……。こいつ、かなりの手練れなのに、そんなこともわからないのか……。そうかっ!」

 その時、彼の顔に焦りの表情が浮かぶ。

「殿下、気をつけて。こいつ、たぶん仲間がっ!」

 その言葉の終わりを待たずに、異変は現れた。

 ザクザク、と荷馬車の幌が切り開かれる音。そこから新たに二人、黒覆面が現れた。

 馬車の前方から、ちょうどミーアたちを挟撃するような形だ。

 ――にっ、にに、逃げ場がございませんわっ!

 ミーアは必死にキョロキョロと辺りを見回すが、当然のことながら、どこにも逃げ場などはない。

かといって、シオンがいくら強いとは言っても、二対一では……。

 久しぶりに、命の危険をリアルに感じて、ミーアはすっかり涙目になっている。けれど、

「さして広くもないのに、挟撃とはご苦労なことだ……」

 シオンは貫禄たっぷりの堂々たる態度で剣を引き抜くと、牽制するように現れた敵をにらみつけた。

 放たれたのは、殺気。

 それを肌で感じて、ミーアは懐かしさと同時に、

 ――ああ、そういえば、前の時間軸では、わたくしがあの殺気を一身に受けていたのだったかしら……。

 頼もしさをも覚えていた。なにしろ、かつて脅威を覚えた力が、今は自分を守るために使われているのだ。なんだか、ついつい気持ちが大きくなってくるミーアである。

 ――さすが、シオン王子。これは、何とかなりそうですわっ! きっと今までに幾人も賊を討ち取ってきたに違いありませんわ!

 楽観的になって、応援でもしてやろうか、などと余裕すら生まれてきたミーアだったのだが。

「さて、どちらが栄誉に預かりたいんだ? 俺の、初めて討ち取った相手という栄誉にな」

 ――って、初めてだったんですのっ!?

 途端に不安がぶり返してきた。

 ――やっ、やっぱり、もう少し安全そうな所へ……。

 そうして、ずりずり、ずりずり、とミーアが安全地帯を目指して移動しようとした、まさにその時だった。

 なにかに乗り上げでもしたのだろうか、馬車が大きくバウンドした。

「…………へ?」

 ミーアが感じたのは奇妙な浮遊感。

 破れた幌に体が当たり、するり、とそこから零れ落ちるような感覚。

 馬車はちょうど、国境沿いの大きな川を渡っている最中で。

 目の前には湖かっ!? と思ってしまいそうなほどに太くて、流れの激しそうな川が、しぶきをあげていて……。

「ひぃいいいいやああああああああっ!」

 いささかはしたない絶叫を上げながら、ミーアが川へと落ちていく。

「くそっ、ミーア姫、今行く!」

 どこか焦ったような声が追いかけてきて……。


 二大大国の皇女と王子は、激流の中へと姿を消した。

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