第百五話 戦士の勘が告げている!
領都に入った慧馬たちは、そのまま真っ直ぐに領主、ポッタッキアーリ候の邸宅を訪ねた。
「それで、そのポッタッキアーリ候というのが、例の巫女姫暗殺事件に関係しているのか?」
慧馬に問われ、ゲインの顔に暗い笑みが浮かんだ。
「そうだ……と姉上は考えているらしい。父の命を受けた貴族の、その中の一人がポッタッキアーリ候であると……」
「なるほど。それで、その巫女姫の言葉は信用できるのか?」
慧馬は鋭い視線をゲインに向ける。
「我が言うまでもないことだろうが、巫女姫の言葉を素直にそのまま受け取るのは危険だ」
「わかっている。ポッタッキアーリ候は、南部貴族の重鎮。レムノ王国の経済にとっても無視できぬ人物だ。蛇なる連中が狙うには良い人材だろうな」
かつて、レムノ王国で起こりかけた革命未遂事件……あれが、混沌の蛇なる者たちによって引き起こされたものであったとゲインが聞かされたのは、つい先日のこと。
それも姉であるヴァレンティナからの話であったが、その後、アベルにも確認をとっていた。正直なところ、弟だけが知っていたという事実は業腹であったが、すぐに気持ちを切り替える。
自分は、アベルに剣で負けた身。剣の強さに価値を置くレムノ王国の王子である以上、仕方のないことである、と。
「ところで、ゲイン・レムノ。巫女姫のことは、お前の父には話してあるのか?」
ふと思いついた、という様子で慧馬が尋ねてきた。
「はん、まさか。あの父に言えば、ヴェールガと開戦の危機を冒してでも暗殺に行くだろうからな」
そうだろう? と話しを振られ、ギミマフィアスは髭を撫でた。
「さて、どうでしょうな……」
かつて、ヴァレンティナに剣を教え、その後、王より調査・暗殺の任を与えられた男は、とぼけた顔で続ける。
「今の吾輩は、あくまでもゲイン殿下の護衛ゆえ。それ以外のことに頭を使う余力などございませぬが……暗殺するかはさておき、取り返そうとするのは確実でしょうな」
「一応、尋ねておくが……ポッタッキアーリ候を口封じのために殺す……などという命は、よもや受けていないだろうな」
「ははは、さすがにそこまでは国王陛下も読めますまい。第一、此度のゲイン殿下の旅は、遊興の旅という名目ではありませんか」
「なるほど、それもそうか」
頷きはしたものの、ゲインは決して納得していなかった。
レムノの剣聖は食えない男だ。達人級の剣の腕前に加えて、その思考は飄々として実に読みづらい。警戒するに越したことはない。
その意味では、むしろ、もう一人の同行者、火慧馬のほうが、まだ信用できた。なにしろ、隠しごとが下手そうだし……。
「まぁ、いずれにせよ、ポッタッキアーリ候には直に会って探りを入れてみんことにはなんとも言えんが……はたして、こちらにいるかな……」
ポッタッキアーリ候は、普段、セントバレーヌの別邸にいることが多いという。
貴族の中には、自領ではなく王都に居を構え、そこを中心に生活している者も多いが、ポッタッキアーリの場合には、その対象地がセントバレーヌのようなのだ。
それゆえ、こちらの館にはいないかもしれないが……。
「と、実は心配していたのだが……あの城門の様子をネタに館の者たちを揺さぶってみるのも悪くないような気がしてきたな。そういう意味では、主がいないほうがむしろやりやすいかもしれん」
そんなことをつぶやくゲインであったが……。
期待に反して……あるいは意外なことに、ポッタッキアーリ候は館にいた。
「こっ、これは、ゲイン殿下。ご機嫌麗しゅう」
応接室にて、ゲインたちを迎えた侯爵は、額に浮いた汗を拭き拭き、目をキョロキョロさせつつ……。実になんとも、落ち着きがなかった。顔色もあまり、よろしくない。
「ゲイン・レムノ、こいつ、怪しいぞ。我の戦士の勘が告げている」
声を潜め、偉そうに言う慧馬。であったが、生憎と、戦士の勘とやらに頼らずとも、怪しいことはよくわかっていた。
ゲインは唇を吊り上げて、ポッタッキアーリ候を見つめる。
「ああ、ポッタッキアーリ候。しばらくぶりだな。壮健そうでなによりだ」
ソファに深々と腰を下ろしたまま、ゲインは足を組む。その、実になんとも偉そうな態度は、悪役王子に相応しい風格を備えたものだった。
「しかし、どうしたというのだ? ずいぶん、焦っているようだが……」
ゲインは、ポッタッキアーリ家の執事のほうにも目をやり……。
「ここまで、通してもらうのも、なかなかに苦労させられたが……。第一王子を出迎える以上の大事が、なにか起きているのか?」
「い、いえ、滅相もございません。そのようなことは決して……」
「そうなのか? 俺はてっきり城門を閉じるような事態が起きているものとばかり思っていたが……。この町の城門は夜も閉じないという噂を聞いていたのでな」
「いやぁ、あれは……あくまでも、その……訓練といいますか」
「訓練? やはり、近々、閉じるような事態が起きるというのか? 例えば、どこかの国と戦争でもするつもりか? それとも……」
畳みかけるように、ゲインは身を起こして……。ポッタッキアーリ候に顔を寄せて……。
「もしや、南部の貴族で徒党を組んで、我が王家に弓引こうとしている……とか?」
「めっっっそうも、ございません! そのような、恐ろしいことを考えるわけがないではないですか。私が考えるのは、あくまでも、レムノ王国の繁栄のみでして……」
ぴょーんっと跳ねるポッタッキアーリ候。その姿は一見すると滑稽で……されど、ゲインは油断せずに言葉を続ける。
「なるほど、信じよう。だがな……あいにくと、俺の護衛についてきている男が、大変、忠義に厚い男なのでな」
ゲインがギミマフィアスのほうを流し見つつ、
「レムノの剣聖、ギミマフィアスの名を知らぬわけはあるまい」
話を振られ、ギミマフィアスは、苦笑いを浮かべた後、その笑みを好戦的なものに変える。
ニヤリと口角を上げ……。
「吾輩は、王家の敵を葬るのみ。どれほど小さな危機であれど……ただ、一刀のもとに斬り伏せる。先ほどの説明では、我が刃を留めるには足りぬなぁ」
きん、っと刃を鳴らすと、ポッタッキアーリは再び跳びあがった。
「どうだろう、ポッタッキアーリ候。俺としても無実の罪で候との信頼を損なうことになってはいけないと思っている……。話してもらえないだろうか……」
そうして、実に……実にわるぅい笑顔を浮かべるゲインである。
「そ……そのぅ……実は、セントバレーヌの司教から親書が送られてきまして……」