第百二話 それは、帝国の叡智の勘か推論か、それとも……
「……で、まぁ、その森でミラナダ王国の斥候と鉢合わせになりまして……軽く戦闘の後、全員捕縛することに成功したのですが……」
「ふむ、なるほど……。ディオンさんの勘に従って行動した結果、怪しげなミラナダ王国軍の動きを察知することができたと……」
ミーアはふむふむ、っと頷いた後……。
――こっわっ!
心の中で思わずつぶやく。
――いやいやいや、勘ってなんなんですの? 斥候というのは、偵察のことですわよね、確か。ということは、ある程度、敵に見つからないように行動する兵士なのではありませんの? なに簡単に見つけておりますの!?
味方が優秀なのは好ましいことではあるのだが……かつて敵対したミーアから見ると、実に理不尽、かつ恐ろしい光景に見えてしまうわけで……。
――これ、いざという時のために、軽く探りを入れておくほうがよろしいかしら?
別に、ディオンのことを信じていないわけではない。彼はミーアがしっかりしている限りにおいて、守ってくれる、強力な騎士であると認識している。そう……ミーアが信じていないのは、ディオンではなく、自分なのだ。
――わたくしは、うっかりするところがありますし……。ディオンさんとうっかり敵対なんてはめになったら大変ですわ。それに、追跡者はディオンさんだけとも限りませんし、どういうふうに追跡してくるのか、きちんとわかっていたほうがいいかもしれませんわ。
素早く判断。澄まし顔で尋ねる。
「ちなみに、勘って具体的には、どういったことで追跡したのかしら?」
「ん? ああ、そう、ですね……。んー……地形? 周囲の様子? あとは、空気とか……?
まぁ、そういったものを、いろいろと、ですかね……」
ディオンは頭をかきつつ、困った顔をした。
「いろいろ……」
「正直、よくわからないんですよ。他にも無意識になにか感じ取ってるかもしれない。それこそ、冗談じゃなく、戦が起こる臭いを感じ取ってるのかもしれないんですが……それが自分でもわからない。なので、まぁ、当たるならただ勘でもいいんじゃないかって思ってますよ」
「むぅ……それは実に理不尽極まる能力ですわ」
ミーアのつぶやきに、うんうん、っと熱心な頷きを見せたのは、かつてミーアたちと敵対していたシュトリナだった。
蛇として活動していた彼女もまた、ミーアと同じように、ディオンの恐るべき力を実感したことがあるのだろう。
一方でディオンは、ミーアのほうに苦笑いを向けて……。
「いや、というか、勘について理不尽とか、ミーア姫殿下には、言われたくないですけどね」
「……ん? どういうことですの?」
「とぼけなくてもいいですよ、今回のセントバレーヌ行きは、なにかあると思われたからでしょう?」
ディオンは顎を撫でながら続ける。
「セントバレーヌに来なければいけなかった事情はお聞きしてますけどね、こうして、ご自身が足を運ぶほどだったのか、と考えると……僕は少々疑問でしてね。そのタイミングで、ミラナダ王国の不穏な動きがあるとか……偶然とはとても思えないんですよ」
――いや、ミラナダ王国のことなんか、ぜんっぜん、知りませんでしたけど……っ!
抗議しようとするミーアに先んじて、ルードヴィッヒが口を開いた。
「お言葉だが、ディオン殿。ミーアさまのご判断は勘ではなく、情報収集と考察、そうして得られた結論に基づく予防的な措置ではないだろうか」
ミーアが、説明のできない勘によっての行動と主張するディオンと、合理的思考によって野行動である主張するルードヴィッヒ。
だが、いずれにせよ「ミーアがミラナダ王国の怪しい動きを察知して、解決のために颯爽と乗り込んできた!」と言っているのは同じであって……。
――あっ、これは、マズいですわ……。
ミーアは思わず、ビオンデッティのほうに目を向ける。っと、彼のその目に映る光は……尊敬と、畏敬に溢れたものに変わっていた!! 頼りがいのある帝国の叡智に向けるまなざしへと変貌していた!!!
――こ、これは、厄介なことになりそうですわ。は、話を変えなければとんでもないことに……。
ミーア、大慌てで話を進める。のだが……。
「え、ええと、まぁ、それはともかく……。それで? あなたの勘によって捕らえた斥候は、なんておっしゃってましたの? お話しを聞いたんですのよね?」
「ああ、そうですね……。ルードヴィッヒ殿に教わった、極めてクリーンな尋問の結果、簡単に吐いてくれましたよ。ミラナダ王国軍が、このセントバレーヌに向けて進行中である、と」
「…………はぇ?」
ディオンの言葉に、思わず、ヘンテコな声を上げてしまう。
「え? いや、あの……このセントバレーヌに、ですの? 攻め落とそうとして、ということかしら? ヴェールガの飛び地である、ここを……?」
想像の埒外の出来事に、ミーアは思わず、あんぐーり、と口を開ける。
「ヴェールガ公国に喧嘩を売るとか……なっ、なにを考えておりますの?」
混乱するミーアに、けれど、ディオンは首を振って……。
「いえ、そうじゃありません。ミーア姫殿下。彼らが敵として見ているのは……」
そうして、ディオンはビオンデッティのほうに目を向けて……。
「あなたたち、商人組合だ」