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第一〇二話 悲壮な祈りと乙女の吐息……

 神聖ヴェールガ公国外れの町にて、フォークロード商会の馬車に移乗して三日。

 馬車の荷台に身を潜めたミーアたち四人の間には、重苦しい沈黙が横たわっていた。

 頬をかすかに青ざめさせて、うつむいたまま、一言もしゃべらないミーア。

 乗馬用のブラウスと、動きやすい半ズボンに身を包んだミーアは、折り曲げた膝をギュッと抱きしめて、

「ふぅ……」

 時折、細い溜息を吐く。

 その顔を見たティオーナは、心配そうに眉をひそめる。

 ――ミーアさま、やっぱり心配されてるんだろうな。

 危険地帯にいる思い人、アベル王子。

 彼のことを思うと気が気ではないのだろう。

 ――なんとしてでも、ミーアさまをお守りして、アベル王子のところにお連れしないと……。

 ティオーナは腰に据え付けた細身の剣をぎゅっと握りしめる。

 ――願わくば、アベル王子がご無事でありますように。

 声に出さず、ティオーナは祈る。



 一方、キースウッドは別の見方をしていた。

 ――やはり、ミーア姫といえど、緊張は免れないか。

 彼らの向かう地、レムノ王国は危険地帯だ。

 未だに全体的には治安は保たれているものの、民衆が蜂起した地域は間違いなく危険地帯といえる。

 彼らが抱くレムノ王家への怒りが、そのまま他国の王族や貴族へと転化される可能性は十分に考えられる以上、こちらの身分がバレれば命の危険すらある。

 それがわからないミーアではない。帝国の叡智と(うた)われた彼女が、そんな自明のことに気づかないはずがない。

 当然、危険性に気づいていて、その上で恐怖を乗り越えて、ここにいるのだ。

 ――やはり、立派な方だ。頭がいいだけでなく、きちんと勇気の使いどころをご存知とは。

 できることなら、自らの主であるシオンと婚儀を挙げてもらいたいものだが、などと内心で思ってしまうキースウッドだった。



 さて、では実際のところ、ミーアが何を考えていたかというと……、

 ――う、うぅ、き、気持ち、悪い、ですわ……。

 ……ただ酔ってただけだった……。

 ひどい馬車酔いである。

 そもそもミーアは、帝室用の極めて高級な馬車でしか旅をしたことがない。

 乗り心地と快適さを追求した馬車に乗りなれていた彼女は、当然、商人の荷馬車になど乗ったことはなかった。

 固い木の床にお尻はジンジンと痛くなるし、ガタゴト激しい揺れに、すっかり三半規管が参っていた。

「ふぅ……、ふぅ」

 時折、細く息を吐いて我慢しているが……、甘酸っぱい何かがせりあがってくるようで油断できない。

 一応、自分のためについてきてくれた三人に対して、黙り込んでいるのも態度が悪いかと、話題を探してみるのだが、頭がぐるんぐるん回って、それどころではなかった。

 ――吐いてしまいそうで、口が開けられませんわ。

 かといって、吐きそうだなどということは、まさか言えるはずもない。仮にも帝国の皇女、プライドがあるのだ。

 ということで、ミーアはうつむき、必死に吐き気に耐えていた。

 ちなみに、蜂起した民衆に正体がバレたら、とか、そんなことは全く気にしていなかったし、そもそも気づいていなかった。

 もちろん、アベルのことは心配ではあったのだが……、それについてはできるだけ考えないようにしていた。

 ――大丈夫ですわ、わたくしだって、殺されるまで時間がありましたし……。間に合いますわ。

 悲壮な乙女の祈りを胸に、ミーアは口元を押さえた。

 ――それはそうと、気持ち、悪い……。

 そろそろ限界かもしれない。

「もうすぐ国境を越える。みんな、もうひと頑張りだ」

 御者台に様子を見に行っていたシオンが戻ってきた。

 アベル王子に会うための第一の関門が、国境だった。事前に入手した情報によれば、レムノ王国は現在厳戒態勢。

 一部の商会を除き、他国からの人の出入りを厳しく制限しているとのことだった。

「当たり前の措置だろうな。内乱に乗じて、周辺国は人を送り込むだろうし。どちらかに手を貸して恩を売るか、混乱に乗じて国を乗っ取ろうとするか。特にレムノ王国は軍事強国だ。この機に軍隊の弱体化を図るなどというのは、凡百の指導者でも考えることだ」

 シオンの言に、キースウッドとティオーナが頷いた。

 ミーアはぼんやりその光景を眺めていた。

 ――ああ、帝国で革命を起こした時も、この方たちってこんな感じだったのかしら……?

「それにしても、上手くいくものだな」

「クロエ嬢の作戦がはまりましたね。それに、潜伏していた我が国の諜報部隊の策定したルートも……」

 と、そこで、キースウッドが言葉を切った。

 直後、御者台のほうから悲鳴のようなものがあがった。

「とっ、盗賊だぁっ! 襲ってきたぞぉっ!」

「盗賊……?」

 シオンが眉をひそめ、キースウッドと視線を交わす。

「妙だな、この規模の商隊(キャラバン)に……」

 フォークロード商会の商隊は、馬車十台からなる、比較的規模の大きなものだ。当然、この規模になれば私設の傭兵団も随伴している。

 盗賊としては、リスクが大きすぎるはずなのだが……。

「治安が悪化しているとはいえ、気になるな」

 シオンとキースウッドが同時に立ち上がった。


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― 新着の感想 ―
[一言] この作者は、頭いいよなぁ、、、、
[一言] 面白くて100話近く読んだのにまだ先がいっぱいあるなんて嬉しい限りで、一度感想を書かせていただきました。 周囲が勘違いしていく様や行動が巡り巡っていい感じになるのが面白く、裏が見え隠れする展…
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