第九十七話 神罰の理由
さて、市場の食べ歩きツアーを断行した後、ミーアたちは案内の者と合流した。
ビオンデッティが手配してくれたのは、商会が雇用している傭兵たちの長だという。
身長は、ディオンと同じぐらい。体もなかなか引き締まっていて大きい。これは、護衛を兼ねて、ということだろうか?
ミーアは、チラッとキースウッドのほうに目を向けると、
「……ん? ああ、水準の腕前……ですかね。ディオン殿に比べると物足りないかもしれませんが……」
彼は声を潜めて言った。
「そう。それならば、まぁ、安心かしら……まぁ、危険地帯に行くわけでもありませんし」
というか……そもそも、ディオン・アライアがひょいひょいどこにでもいたらたまらないわけで……。
ちなみに、ベルとシュトリナ、レア、リオネルの年少組とご令嬢たちは先にルシーナ司教邸に戻っている。酒場に行くのは、ミーアとアンヌに加えて、ルードヴィッヒ、キースウッドと二人の王子たちである。
「本来であれば、ミーアさまや王子殿下方も酒場のような場所にお連れしたくはないのですが……」
苦い顔をするルードヴィッヒに、ミーアは笑みを浮かべた。
「あら、そう心配することもないのではないかしら? 酒場とはいえ、セントバレーヌはヴェールガ公国の飛び地。滅多なことは起こらないのではないでしょう」
ビオンデッティが護衛を一人しかよこさなかったことも、逆に言えば、それだけ治安がいいからだろう。万が一、他国の要人が危険な目に遭えば、それはヴェールガ公国並びに、他国の介入を強めるきっかけともなる。あの老獪な商人が、そんなことを許すはずもなし。
ここは商人たちの統治でも十分に治安が維持できる平和の港。商人たちは自由を確保しておくため、その体裁を整えなければならないのだ。
「ところで、護衛といえば、ディオン殿の姿が見当たらないようだが……」
「そうですね。昨夜、周辺の見回りに行くと言っていたのですが……。専属近衛隊の一隊も連れて行っていますし、心配はしていませんが、ただ……」
と、そこで、ルードヴィッヒが顎に手をやった。
「ミラナダ方面の偵察に行くと言っていたのが、少々気になりますね。未だに、何も連絡が入らないというのが……」
「ミラナダ王国か。それは嫌な符合だ。何かしらの兆候を、彼らが掴まえたということ……か」
「まぁ、彼に限って敵に後れを取ることはないとは思うのですが……」
っと、話していると、案内役の男が一軒の酒場を指さした。あまり大きくない、どちらかといえば、今にも潰れてしまいそうな、と形容されそうな粗末な店だった。
「こちらの酒場が、彼女をよく見かける店なのですが……あの、本当に、よろしいのですか? このような店にみなさんをお連れしてしまって……」
ビオンデッティから厳しく言い含められているのだろう、彼の顔には緊張の色が見えた。
「別に、気にする必要などございませんわ。こういったお店にこそ、美味しいものがあったりするものですわ。烏賊の干物とか、ね」
かつての猟師飯しかり。小さな店には小さな店の味がある。その土地土地に、特有の味があるわけで。
――むしろ、こういったお店のお味を楽しむことこそが、旅の醍醐味というものですわ。
そんなミーアを見て、護衛の男は意表を突かれた顔になってから、
「ミーア姫殿下は、なかなか、できますね……。干物のお味がわかるとは……」
感心した様子で言った。
さて、店に入って早々に、男が言った。
「あ、よかった。いましたよ。あの女です」
その指さす先、一人の人物が座っていた。鳥の羽がついたベレー帽、ゴテゴテと派手なローブを身にまとったその女性は、こちらに背中を向けている。
――逃げられることはないと思いますけれど……。
ミーアは、男に目配せを送り、さらに、ルードヴィッヒたちに頷いてみせた。
各自、少しだけ広がって、万が一にも逃げ出されないようにしつつ……。ミーアの両脇には、アベルとシオンがつく。
それから、ミーアは静かに声をかける。
「少し、よろしいかしら? あなたが、シャルガールさんかしら?」
その女性は、ゆっくりミーアたちのほうを振り向く……。途端に、ギョッとした顔で跳びあがった。
「あっ、ああ、あ、あなたは……」
震える声で指をさす女性、シャルガールにミーアは確信する。
「ああ、どうやら、当たりだったみたいだね」
アベルの頷き。シオンも厳しい顔をしている。
どうやら、間違いない。彼女、シャルガールこそが、例の肖像画の犯人なのだ。
「あなたに、少しお聞きしたいことがございますの。よろしいかしら?」
そう問えば、シャルガールは、深々とため息を吐き……天を仰いだ。
「あ……ああ、そう、か……。これは、神罰が下ったということ、ですね……」
彼女の口から出た「神罰」という言葉……。それを聞き、ミーアの中で警戒レベルが一つ上がる。
つまり、それは、あの肖像画を罰されることだと認識しているということ。すなわち……。
――悪意をもって、なんらかの狙いをもって描いたと……そういうことですわね! となると、その狙いは、わたくしと中央正教会の仲をこじれさせること……。
まったく、厄介なことを……っと、思わず恨みがましい目つきで彼女を見つめるミーアであったが……。
「私が……自らの美に誠実ではなかったから……。気が進まないモデルで、肖像画を描いてしまったから……神罰が下った、ということ……」
「うん……?」
なにやら……微妙にズレているような……それに、こう、微妙に聞き捨てならぬ言葉があったような……?
思わず首を傾げるミーアであった。




