第九十五話 情報共有
市庁舎での会合を終えたミーアたちは、その後、アベルたちと合流した。
互いに情報共有を図りつつ、海鮮食べ歩きツアーを断行。酒場が開くまでの時間を潰すことにする。結果……、
「ふむ……。海藻を干したもののスープ……これはなかなか。塩味が効いてて素敵ですわね。それに、貝というのは、やはり、キノコに似ておりますわね。コリコリのこの食感、たまりませんわ」
「この貝類も干せば、保存が効きますー。それに、海藻類も輸送には良いように思いますねー。どちらも釣りの面白さがないのが欠点だとは思いますけどー」
などと言うオウラニア班からの報告。
「なかなか、上手くはいかないな。レムノ王国のツテをたどろうとしたが、アテが外れた」
「ああ。だが、侯爵邸の雰囲気は、少し気になるところがあった。注意が必要かもしれない」
王子たちからの報告。さらにさらに、
「ミーアお姉さま……ボクは決意しました」
珍しく真面目な顔で言ってくるベルに、ミーアは首を傾げる。
「あら? どうかしましたの、ベル」
「はい! 帝国で……船を買いましょう! 世界の果てを冒険できるぐらいおっきい船を……。できれば、ボクの時代ではすでに乗れるように完成していて、すぐにでも旅に出られれば……」
などとちゃっかりベルから、どうでもいい報告と提案を受け……。
それからミーアは、スープを飲み干し、ホッとため息。レアとリオネル推薦の店の味は、さすがだった。
――これは、料理長にお願いして研究の余地がありそうですわ。作り方を教わって……。
帝国臣民を愛する皇女ミーアは、自国の食文化の発展に一切の余念がないのだ。
まぁ、それはさておき……。
「すまない。いくつか、絵画を扱っていそうな店も回ってみたんだが、そちらも空振りだった。ポッタッキアーリ侯爵の協力を得られれば、もう少し有益な情報が手に入ったかもしれないが……」
「仕方ありませんわ。町を歩いて肖像画を探すというのは、難しいものでしょうし」
それに、このメンバーを引き連れて町を歩くのは、大変だったでしょうしね……と心の中で付け足すミーアである。
「それよりも、先ほどのビオンデッティ殿の話にも出てきましたが……ポッタッキアーリ侯の動向は、気になりますね」
ルードヴィッヒが難しい顔で指摘する。
ミラナダ王国に対する牽制として、レムノ王国に動いてもらえるよう働きかけを行ったというビオンデッティだったが、ポッタッキアーリ侯は、商人組合の希望通りには動いてくれなかったということだった。
「それは、とても奇妙な話だ。本来であれば、商人たちに借りを作る絶好の機会なのに……」
「ポッタッキアーリ候の性格に合わないでしょうか?」
ルードヴィッヒの問いかけに、アベルは少しだけ考えて……。
「逆に、ここで力を貸さない理由がボクには思いつかない」
「だが、レムノ国王との関係はどうなんだ? アベル。レムノ王国の中央政府との仲が上手く行っていないというのならば、勝手に私兵を動かして他国との緊張を高めることは、好ましくないと思うが……」
シオンの言葉には、アベルは小さく首を振った。
「戦端を開けば、むしろ、誉と言われるかもしれないな。ヴェールガ公国のセントバレーヌを守るための戦だ。大義名分としては十分だろう」
「にもかかわらず……兵を動かすそぶりを見せなかった……。確かに奇妙ですね」
眼鏡をそっと押し上げて、ルードヴィッヒがつぶやく。
「あの……」
その時、手を挙げたのは、ティオーナだった。
「兵を動かすにも、食料がいると思います。それが不足しているということは……」
その問いかけにもアベルは首を振った。
「恐らく、牽制する目的で兵を動かするぐらいならば問題ない。それに、セントバレーヌの依頼で兵を動かすのだから、兵站の相談にも乗ってもらえるだろう」
「逆にいえば、ミラナダ王国に不穏な動きがある、というのは、食料事情から判断したんでしょうか? 兵を動かすために食料を大量に買い込んだから、とか……」
首を傾げるラーニャに、ミーアは苦笑いを浮かべた。
「そういえば、サンクランドでも、疑われましたわね……」
「ああ、そうだったな……。ということは、ミラナダも単純に、食料不足に備えて溜めていただけ、ということも考えられるか?」
シオンが腕組みして、難しい顔をした。
ミラナダ出身の者は、セントノエルにもいる。ミーアの警告を受けて、食料の備蓄に努めていた者もいるかもしれない。
「まぁ、ミラナダのことがどうであれ、商人組合とルシーナ司教の間が平和であることは良いことですわ。女神肖像画のこともですけれど、両者の仲を取り持つためにも、少し動かせていただこうと思いますけれど……」
っと、それから、ミーアはリオネルたちに目を向けた。
「ルシーナ司教は、本当に商人たちとの仲が悪いのかしら?」
その言葉に兄妹は、互いに顔を見合わせて渋い顔をした。
「険悪な仲……とまでは言いませんが、父は、あまり商人たちのことを信用していないようではありますね」
代表して口を開いたリオネルだったが、言葉は実に歯切れの悪いものだった。
「まぁ、いずれにせよ、そちらは追い追いですわね。とりあえず、この後は、例の画家ですわね。上手く出会えればよろしいのですけど……」
小さく息を吐くミーア。その顔は、ちょっぴり憂いを含んでいるように見えた。心労が絶えない様子のミーアに、同情の視線を向ける面々であったが……。
ミーアがちょっぴり、お腹をさすりつつ、
――ふぅ、少し食べ過ぎましたわね。
などと思っていることに気付く者はいなかった。
否っ! ただ一人、アンヌだけはこっそりその姿を見て……。
「今夜のお食事を少し減らしていただいたほうがいいかもしれないわ」
心のメモ帳に書き込むのであった。