第九十二話 ”きねん”してミーアの像を建てる
ビオンデッティとの会合を終えたミーアたちは、会議室に戻って来た。
画家に関する有益な情報を手に入れ、ほくほく顔で帰還したミーアであったのだが……。
「……そうです。ミーア姫殿下はその時、こうおっしゃいました」
会議場に響くティオーナの声に、軽く首を傾げた。
「そう。そう、です。静海の森でも、ミーア姫殿下は、私たちの一族のこと、助けてくれたです。それどころか皇女の町を作り、ルールー族が発展するように、と……」
ティオーナに続き、リオラの誇らしげな声が……。さらに、
「我がペルージャンでもそうです。ミーアさまは、その黄金の坂を裸足で登って、しかも……」
ラーニャの声。さらにさらに! おおぅ! という商人たちの歓声のようなものまで聞こえてきて……。
「あら……なにやら、中が騒がしいですわね。何事かしら……」
いまいち話の内容はわからなかったが……断片的に聞こえてきた単語に、なにやら、不吉なものを感じて、ミーアは急いで会議室のドアを開けた。
瞬間、集中してくる視線、視線、視線。室内にいる商人たちすべての視線が、一斉にこちらに向いた。
しかも、その視線、その目つきが、こう……妙にキラキラしてるというか、やたらと熱量が高いというか……。
それに、ティオーナをはじめ、リオラもクロエもラーニャも、残してきたメンバーがやけに、すっきりした顔をしているのも、少々解せないものがあり……。
「ええと……クロエ、本の読み聞かせの話は、詰めてくれたかしら?」
ミーアはとりあえず、クロエに話を振ってみる。っと……。
「はい。製本に詳しいいくつかの商会が協力してくれて、急いで本の形にすることになりました。場合によっては、読み聞かせは、本の形ではなくても良いのではないか、という意見も出ました」
「なるほど、読み聞かせには原稿だけあればいいですし、紙束のままでも問題はない、ということですわね」
どうやら、真面目に話を詰めてくれたらしい。ホッと一安心のミーア……であったのだが……。
「あとは、少し時間が余ったので、これまでのミーアさまの偉業をみなさまにも、お教えして差し上げようと……」
なにやら、きな臭いことを言い出すクロエである。それに続き、
「ミーアさまが、この小麦の大不作を予測してその対策を立てておられたこと、ルールー族の森の紛争やレムノ王国の革命を未然に防がれたこと、ペルージャンで民をどのように取り扱ったか……それ以外のことも……」
ティオーナが言う。さらに……。
「私も知らないことがたくさんあって、とても驚かされました。負けないように、ペルージャンでのお見事な立ち回りはしっかりお話しさせていただきました。あの時の素晴らしい感謝祭の舞のことも……」
「私も、です。ルールー族の森に、部下一人を連れて乗り込んだお話、しっかりしておいた、です」
ラーニャとリオラが得意げに話した。
ミーアは、恐る恐る商人たちのほうを見て……察する。先ほどの熱心な視線に含まれていたもの、それは、尊敬の念……あるいは、畏敬の念で……。
――ああ、うん。まぁ、あれですわ。オウラニアさんをこちらに連れて来なくてよかったですわ。
ミーアは、さらに考えられる最悪の事態を想像し、それよりはマシ……と思うことで、なんとか心の平静を保とうとする。
いわゆる、ディオン・アライアよりマシ思考法の応用である。
――オウラニアさんの口からガヌドスでのことを聞いたりしたら、さらに盛り上がってしまうところだったかもしれませんし……それに、灯台の話とか聞いたら、どうなっていたことやら……。
対抗してセントバレーヌの港にも、黄金のミーア灯台を建てるなどと言い出しかねなかったかもしれない。想像するだけで恐ろしい!
などと考えてから、ミーアは思わず苦笑する。
――いえ、さすがにそれは……。商人たちを見くびり過ぎですわね。黄金のナニカを建てるだなんて、そんな無駄遣い、利に敏い商人がするはずはありませんわ。たぶん……きっと。
なんとなぁく、自身が希望的観測にすがっているような気がしないではなかったが、ミーアは、そこで一つ咳払いし、
「いずれにせよ、協力してもらえるようでなによりですわ。みなさん、感謝いたしますわ」
「それは、当然のことです。ミーア姫殿下」
商人組合を代表して答えるように歩み出たのは、クロエの父、マルコ・フォークロードであった。
「みなにも言ったことではありますが、ミーアさまのなさろうとしていることは、我ら商人が稼ぐ土壌を守ることに繋がります。いくら一時的に金をたくさん得たとしても、その土壌を損なってしまっては意味がない。そのことがわかれば、協力を惜しむような、物わかりの悪い者など、この場にはおりません」
基本的に、フォークロード商会は、ミーアの味方だ。それゆえ、当初、マルコの発言には説得力がなかった。ミーア寄りの発言をするものと、どうしても、割り引かれて受け取られてしまうからだ。
だからこそ、先ほどは発言を控えていたわけだが……。
こうして、ミーアの叡智が明らかにされ、その言葉の正しさが明らかになった今となっては、言葉を躊躇う必要はない。
みなに現状を正しく認識させ、商人組合の意見をまとめる、調整役を買って出る構えだった。
「そう。それならば、なにより。安心しましたわ」
ミーアはニッコリ微笑んだ。
そうだ。いろいろと、こう……、マズいことになっているような気がしないではないのだが、そんな漠然とした将来の不安を憂うよりは、今日得られた成果を喜ぶべきだろう。
――商人たちの協力を取り付け、怪しげな画家の情報も得ることができた。完全なる成果ですわ。万々歳ですわ。うん、なにも、憂う必要などありませんわ……きっと!
自分に言い聞かせるように、心の中で力説するミーアであった。
さて、後日の話であるが……。商人組合代表として、ビオンデッティから、とある提案が届いた。
なんでも、商人組合のほうで、セントバレーヌ平和祈念のための、ミーアをモデルにした白金像を建てたいとの声が上がっているとか……。
「黄金は、あまりお好きではないとのことでしたので、白金の像はいかがかと……」
などと付け足すようにして書かれた書状。ミーアは無言で、その提案を握りつぶした!
ミーアがセントバレーヌを訪れた”記念”に、というのならば、まだ考慮の余地はあったかもしれない。けれど、ミーアにセントバレーヌの平和を”祈念”されてしまうのは、ヴェールガとの仲が、大変、面倒なことになりそうなので。
議論も妥協も、余地のないものというのが、この世にはあるのだということを、改めて知ったミーアであった。