第八十話 究極かつ画期的な……
翌朝のこと。ミーアは爽快な目覚めを迎えていた。
「ふわぁあむ、よく寝ましたわ!」
清潔なベッドの上、体をのびのびーっとさせる。っと、なんだか、いつもより軽い感じがする。
なんだか、絶好調だった!
それもそのはずで、昨夜は適度な運動と入浴、さらに、お腹を満たす美食が揃っていたのだ。
お風呂を終え、ポカポカになったミーアは、すでに、その時点でウトウトしていたわけで……。その後は、流れるようにベッドに入り、一度も起きることなく、この朝を迎えていた。
「ううむ……。しかし、あれだけ食べてもお腹がもたれておりませんわね……」
お腹をさすりながら、ミーアは首を傾げる。
「お魚料理というのは、お腹に優しいのかしら……? もたれていない……と言うことは、体の中に残っていないということ……っ! これはもしや、いくら食べてもFNYらないということになるのでは?」
……いや、ならない。などと言うツッコミの声が届くはずもなく……。ミーアがついに究極かつ画期的なカロリーオフ論に到達しそうになった、まさにその時……。
「おはようございます、ミーアさま」
すでに、メイド服に着替えを済ませたアンヌが部屋に入って来た。隣のベッドで寝ていたアンヌがいなくなっていたことに、そこでようやく気付いたミーアである。
「ああ、アンヌ。おはよう。早いですわね」
「はい。お水の用意をしてまいりました」
そう言って、ミーアに寝起きの一杯の水を差しだす。
「ああ、ありがとう。ちょうど喉が渇いていたところでしたの」
仄かに柑橘系の香りのするお水を一息にあおり、ほふーう、とため息。それから、急に真面目な顔になって……。
「そういえば、昨日、レアさんが、温泉を引いているから、いつでも入れると言ってましたわね」
セントバレーヌに来てからの一挙手一投足が、今後に大きく影響を与えるこの状況。頭をスッキリさせるために、ミーアは湯垢離に臨まんとしている……などというわけは、もちろんなく、ただ単に風呂好きなだけである。
「では、朝風呂と洒落込みますわよ」
などと、アンヌを引き連れて浴場へと向かう。っと、ちょうど前のほうにシオンとアベルの両王子が歩いているのが見えた。
「アベル、シオン。ご機嫌よう」
声をかけ、振り返った二人に、スカートの裾をちょこんと上げてから、ミーアは首を傾げた。
「お二人とも、こんな朝から剣の鍛練ですの?」
彼らは、どちらも、鍛練用の軽装を身に着け、その手には木剣があった。
「ああ。なにしろ、シオンとは違って、一日鍛練をサボると見る間に腕が衰えてしまうものでね」
そう言いつつ、肩をすくめるのはアベル。
「ははは。おだててもらって申し訳ないが、油断させようとしても無駄だぞ、アベル。俺はもう二度と君に負けるつもりはない」
「それはこちらも同じことだ。次こそは、君に一撃入れてやるとも」
なぁんて、爽やかな王子さまたちの友情トークが展開された後、
「ところで、今日はどうするつもりだい? ミーア」
「ああ……そうですわね。わたくしは商人組合のほうに行って、読み聞かせ作戦への協力を要請して……。あとは、例の肖像画に関わっている商人がいないかどうか、探りを入れてみるつもりですわ」
その答えを聞いて、シオンが腕組みする。
「とすると、全員でそちらに行くのも効率が悪いな。俺は市場のほうにでも行ってみようか」
「そうだね。そちらのほうが人手が必要そうだし、ボクもシオンたちについて行ってもいいかい?」
「あら、アベルもですの?」
「ああ。セントバレーヌとは、我がレムノ王国も付き合いがある。港の関係者にも、何人か顔が利く者がいるかもしれないから、あたってみようと思ってね」
「ふむ……それでしたら……」
ミーアは、ニッコリと笑みを浮かべて、
「ついでに、美味しいお料理が食べられる穴場も聞いておいていただけると嬉しいですわ」
ミーアは、午後は食い倒れ観光……もとい、デートする気満々なのだ。恋する乙女なミーアなのだ。たぶん……。
「しかし、そうですわね。確かに、あまり時間をかけたくはありませんし、人選をあらかじめしておいたほうがいいかしら……」
王子たちと別れて、お風呂に体を沈めることしばし。
温泉成分により、すっかり活性化した脳でミーアは考える。結果は、その日の朝食で発表された。
商人組合に行くのは、ミーアとアンヌ、ティオーナとラーニャ。さらにルードヴィッヒが続く。本の読み聞かせに詳しいメンバーに加えて、叡智の知恵袋も同行させる予定である。
「オウラニアさんとアベル、シオンは、港と市場のほうで聞き込みをしてもらってもいいかしら?」
「ミーア師匠のご指示とあらばー、なんでも大歓迎ですよー」
オウラニアはニッコニコ顔で頷いた。
「ボクもミーアお姉さまのご指示とあれば喜んで、シオン王子たちと一緒に町歩きに行きたいと思います!」
意気込むベル……であるが、ベルたちに対しては、まだ何も言っていないのだが……。
ともあれ、別動隊の面々は、リオネルとレアの案内で、港近くの市場を回ることになった。
さて、クロエが用意してくれた馬車に乗ることしばし。到着したのは、セントバレーヌの中心部にある大きな建物の前であった。
「ふむ、ここが、セントバレーヌの市庁舎ですのね」
ミーアは小さく深呼吸してから、後ろを振り返る。
仲間たちが揃っているのを確認したうえで……。
「それでは、参りますわよ!」
気合いっぱい、市庁舎に踏み込んだ。