第七十九話 令嬢たちの入浴会議
ヴェールガ公国は、水が豊富な国として知られている。
だからというわけではないのだろうが、ヴェールガの飛び地たるこのセントバレーヌにおいても、水関連の施設は充実していた。
そして、ルシーナ司教の館にも、温泉施設が充実していて……。
「素晴らしいですわ!」
ミーアは、その施設を見て、思わず、感嘆の息を吐いてしまった。
大きなお風呂は、二、三十人が一斉に入っても問題ないぐらいの広さがあった。
巨大なライオンの口からダバダバと、常にお湯が流れ込み、浴槽に湯気を立てている。
「天然の温泉を引いているので、常に新しいお湯が供給されているんです……。あ、洗髪薬や肌に塗る香油なんかも、自由に使ってください」
レアの言葉に、うんうんっと満足そうに頷くミーア。洗髪薬に関しては、ミーア愛用の馬マークのものはないようだが、それを求めるのは贅沢というものだろう。
というか、香油などが揃っている時点で十分贅沢だ。
「ええと、それとその……使用人たちも使っている浴場なので、王族の方たちにお使いいただくのは申し訳ないのですが……」
レアが見つめる先には、三人の姫君、ミーア、ラーニャ、オウラニアがいた。けれど、ミーアは、その言葉を聞いて逆に納得してしまった。
――ああ、なるほど……。ルシーナ司教が自分のために使っていると考えるのはイメージに合わない感じがしましたけれど……。引き取って面倒を見てる子どもたちのためにしているのですわね……。
ゆくゆくは貴族の家の使用人として独り立ちさせるのであれば、身ぎれいにする術を学んでおくべきだろうし……。
すまなそうに言うレアに、ミーアはゆっくりと首を振った。
「ルシーナ司教の性格からすれば、当然のことではないかしら? わたくしも、セントノエルでは、アンヌと背中の流しっこをしましたし、それを見て、ラフィーナさまは、文句はおっしゃいませんでしたわ。むしろ、一糸をもまとわぬこの場では、民も王もなく、人と人がいるばかり、とおっしゃられて……」
「ああ……。そうでしたね……うふふ、懐かしいです」
ミーアの言葉に、アンヌがニコニコ笑顔で頷く。
「ミーア師匠もー……」
一方、オウラニアは、ちょっぴり驚いた顔を見せてから、いそいそと自らのメイドのほうに行く。そのまま何事か話すと、メイドの少女が、驚愕に目を見開いた。
それから、オウラニアはニッコニコ顔で戻ってきて、
「なるほどー、私もやってみますー」
どうやら、ミーアに倣うことにしたらしい。
「私も、農作業をした後に、民と共に汗を流すこともありますから、特に気にしません」
ラーニャもまったく気にする様子はなさそうなので……。
「ふふふ、では、女子チームみなで、お風呂に入りましょうか。楽しそうですし」
などというミーアの鶴の一声で、全員でお風呂に入ることになった。
さて……素早く体を洗い、お湯に身を沈めたミーアは……。
「おふぅ……」
などという、若干、令嬢っぽくない声をあげて、お湯に浸かる。
ポカポカ、体の隅々に熱が伝わってきて、馬車旅で固まっていた筋肉がほぐれて、FNYっとしてくるのが実感できた。
――ふぅむ……このまま寝てしまいたいぐらいですわ……。
なぁんて、思考のほうまでFNYけて……もとい、腑抜けてきたところで……。
「ところで、ミーアさま、明日はどうなさいますか?」
ふと見ると、ティオーナが隣に来ていた。
「そうですわね……。クロエにお願いしてありましたから、午前中は商人の方たちと対談して、その後で町のほうを回ろうかしら……」
仕事を午前中に終わらせて、午後は観光を満喫する気満々のミーアである!
「あるいは、港のほうに見学に行くのも良いと思いますけれど……」
とれたての魚はたいそう美味である、とリオネルが話していたのを思い出す。
――先ほどの晩餐会でも、お魚料理がなかなか食べ応えがありましたし……うふふ、楽しみですわ。
「魚料理……興味ある、です」
ミーアと同じく、じゅるり、っと口元を拭うのはリオラだった。どうやら、リオネルの狙い通り、すっかり魚料理の魅力を、わからせられてしまったらしい。
――うふふ、気持ちはよくわかりますわ。
などと親近感を覚えていると……。
「もう、リオラ。そういうことじゃないわ。ミーアさまがおっしゃられているのは」
ティオーナが苦笑いを浮かべて、リオラに言う。それから、ミーアのほうに向きなおり……。
「まだルシーナ司教の思惑が読み切れないから、観光でカモフラージュをしつつ、例の肖像画のことを調べる、ということ、でよろしいでしょうか……?」
その言葉に、ミーアは素直に頷こうとしたが……ふと、リオラに罪悪感を覚える。むしろ、リオラのほうが正解だったわけで、そのことで彼女を間違いと言うのは、なんとなく気が咎めたので……。
「ふふ、少し違いますわ。ただ、カモフラージュするだけではもったいない。お魚もたっぷり楽しもう、ということですわ」
ミーアの言葉に、リオラは嬉しそうに、おお、お魚楽しみです! などと歓声を上げる。
「もう、リオラ。しょうがないな……」
苦笑するティオーナに、ミーアは言った。
「せっかく、セントバレーヌに来たのですから、あまり、固い話ばかりではもったいないですわ。ティオーナさんも、もっと肩の力を抜いて、楽しみましょう」
ミーアの言葉に、一瞬、ポカン、と口を開いたティオーナだったが、
「わかりました」
小さく頷くのだった。




