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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
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第七十五話 大海月ミーア、溺れる

 さて、部屋に留まることしばし。待ちに待った時間は、ようやく訪れた。

 呼びに来たメイドの少女について行った先には、とても広い食堂が。中央に置かれた長いテーブルの上には皿やグラスが並んでいた。

 ちなみに、アンヌやリオラ、リンシャ、キースウッド、ルードヴィッヒら、従者の者たち用にも別のテーブルが用意されていた。

 ミーアの知る限り、これは、貴族の晩餐会では大変珍しいことではあるが……。

 ――まぁ、ラフィーナさまも、似たような感じでしたし、ヴェールガ公国の感覚では、普通なのかもしれませんわね。

 ラフィーナと初めて会った時の、大浴場での出来事を思い出すミーアである。あの時も、アンヌが一緒に浴槽に入ることを、ラフィーナは咎めなかった。

 ――一糸をもまとわぬ舌の前では、貴族も平民もなく、ただ人と人とがあるばかり。ふむ、真理ですわね。

 っと、ミーアが心の中でラフィーナの言葉を改竄していると、

「ようこそいらっしゃいました。お初にお目にかかります。リオネルとレアの母、レベッカ・ボーカウ・ルシーナです」

 テーブルの前で控えていた女性が、頭を下げた。

 穏やかな雰囲気の女性だった。

 優しげに笑みを浮かべるその目元に、ミーアは、子どもたちと接する時のレアと似たものを感じる。

「いつも、子どもたちがお世話になっています」

「ご機嫌麗しゅう、ルシーナ夫人。ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ。以後、お見知りおきを」

 ミーアに続き、同行の面々が自己紹介する。

「よろしくお願いいたします。それにしても……ふふ」

 レベッカは、小さく笑い声をこぼして、

「リオネルとレアが、こんなふうにお友だちを連れてくるなんて、想像もしていなかったわ」

「お母さま、お友だちなどでは……。みなさんは、ぼ……私たちの先輩で……」

「あら、そうでしたね」

 明るい、和やかな空気の中、晩餐会は始まった。


「おお……」

 目の前の皿の上、並べられていく料理に、ミーアは思わず唸った。

 ミーアの手のひらほどの大きさの貝殻、その上に、つやつやした白い身が乗っている。オレンジ色のソースの色が、その白い身を飾り上げ、それはまるで、一枚の絵画のような美しさだった。

「それは、茹でたソイスターという貝に、魚卵のソースをかけたものです」

 レベッカの説明を聞きつつ、ミーアは早速、貝を手に取り、スプーンで口に運ぶ。

 貝殻から、つるん、と口の中に飛び込んでくる実の部分。ぷるん、ぷるん、とした口触り。柔らかで、歯応えがまったくないかと思いきや、かすかに歯に当たる、プリプリとした固さ。

 噛みしめるたび、口にジュジュワッと湧き出してくるのは、ほのかに苦味の混じる濃厚な旨味だ。口の中に広がるクリーミーな味、鼻を抜ける新鮮な潮の香りに、ミーアは、ほーふー、と息を吐く。

「これは……実にお見事なお味ですわ。これは、まるで上質のキノコを食べているかのような、素晴らしいお味ですわね」

 ミーアのする最大級の賛辞を受け、レベッカ・ボーカウ・ルシーナは柔らかな笑みを浮かべた。

「お褒めに預かり光栄です。ミーア姫殿下。きっと、調理場を預かる者たちも喜ぶことでしょう。この貝の料理は、日持ちがしないので、つい先ほど仕上げたものなのです」

「まぁ、短い時間しか楽しめない、贅沢な料理なのですわね」

「ええ。帝国はもちろん、セントノエルでも楽しめない、この地ならではのものをお楽しみいただこうと思いまして……」

「ふふふ、歓迎の徴ですわね、とっても嬉しいですわ」

 上機嫌に微笑むミーア。であったが、

「ところで、ミーア姫殿下。この度は、どのようなご用件で、このセントバレーヌにいらしたのですか?」

 その一言に、わずか……ほんの少しだけ意識をルシーナ司教のほうへ。

「ああ……。そうですわね……」

 ミーアは、近くのパンを取り、軽くちぎって口の中へ。もっもっ! っと噛みしめつつ、考える。

 ――女神肖像画の件は、まだ伏せておく、という方針は変わりませんわ。ならば、ここは……。

 美味しい果実水で口をすすいでから、ミーアは言った。

「次期生徒会長を担ってくださるレアさん、そして、レアさんを支えるリオネルさんのお父さまと、一度お話ししたいと思っておりましたの」

「お話し……ですか。どのようなお話しをご所望なのでしょうか?」

「いろいろ、ですわ。なにしろ、直接、こうして対話をしなければわからないこと、誤解してしまうことというのはございますから」

 仮に女神肖像画を見つけてたとしても、誤解ですから。きちんと疑問に思ったら、口に出して聞いてね! と暗に主張しておくミーアである。

「誤解……なるほど。それでは、その誤解のほうは解けそうですか?」

「そうですわね……。互いに言葉をかわしていれば、おのずと理解は深まり、誤解は解けるものではないかしら」

 だからこそ、きちんと懸念がある時は直接言え! とミーアは言いたいのだ。黙って勝手に敵視しないで、悪いところがあったら、ちゃんと直すよう鋭意努力するから! と……前時間軸のシオンやラフィーナに訴えたかったミーアである。

「なるほど。相手を深く知れば、誤解は解消される……それは真理でしょう。が、誤解が解消され、相手の真の姿を見てしまったがゆえに、却って対立が深まるということもあるのではないですか?」

「あるいは、そういうこともあるかもしれませんけれど……それを危惧するのは、理解を深めた後になるのではないかしら?」

 そうして、ミーアは、近くにあった貝を手に取って、

「この貝と同じこと、だと思いますわ。明日食べる貝の心配をして、今日食べるべき貝の食べ時を逃すのはもったいないこと。今日食べるべき美味しいものを、まず楽しんで食べることが大切だ、とわたくしは考えますの」

 つるん、っと美味しい貝を口に入れ……。

 ――ふふふ、さて……明日からの調査を頑張るためにも、今日はたっぷり食べて英気を養いますわよ!

 アンヌがそばにいない今、ミーアを止める者はなく……。

 海の幸に溺れる大海月ミーアなのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでると海の幸が食べたくなってきますね。 普通に買うと魚って高いから回転寿司でも行こうかな。 でもカキって当たった事があるから無理……。 ホントに上から下からって感じです。 [一言…
[一言] そういえば、ミーア様の食べ過ぎが懸念されておりますが、よほど『美味しいところだけ食べて残す前提の量』なんていう飢饉が始まっている状況で聖職者がやるには貴族的すぎる事はやらんでしょうし、食べ過…
[良い点] >茹でたソイスターという貝 この茹で汁使うと美味しそうなソースになりそうですね。 オイスターソースの材料って牡蠣の茹で汁ですからね。 ミーア様がパクパク食べすぎた結果、沢山出た茹で汁を勿…
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