表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
1013/1477

第七十三話 大きくて豪華な、学びの家

 教会のほど近くに、ルシーナ司教の館は建っていた。

 それは、先ほど見た立派な教会堂に負けず劣らずの大きな館だった。

 ――これは……なんというか、小さな城といった感じですわね。

 高い壁や立派な門、広い庭と、それに相応しい、豪奢で荘厳な建物……。まさに、そこは、このセントバレーヌを治める領主の城といった様相を呈していた。

 ミーアは、一瞬、考える。

 相手の口を軽くするという点でも、友好を計るという点でも、ヨイショの使いどころはポイントだ。ゆえに、もしかすると、この館に対しても、なにか言っておく必要があるのかもしれないが……。

 ――なかなか、言葉選びが難しいですわ。

 ルシーナ司教は、司教伯と呼ばれる人。貴族と司教を兼ね備えた人だ。

 はたして、自尊心をくすぐるような貴族的褒め方をするべきか、それとも、清貧な司教にかける言葉を選ぶべきか……。

 刹那の思考。その後、ミーアは選択する。

「……大きくて、ご立派な館ですわね」

 ただ、事実のみを口にする! これである!

 良いとも、悪いとも言わない。受け取った相手に委ねる形である。

 目の前の館が大きくて立派な作りなのだから、それをただ口にするのみ……。と、思ったのだが……。

「どう思われますか? 姫殿下は、この建物を見て……」

 曖昧さは許さないとばかりに、ルシーナ司教が踏み込んできたっ!

「ふむ……そう、ですわね」

 まさか、ツッコミが入るとは思っていなかったミーアは、内心で、慌てる。

 ――ぐぬ……。なかなかに、手ごわい。おそらく、レアさんやリオネルさんを見ている限り、この方は俗物ではないはず。ですけれど、断定しづらいですわ……。

 腕組みしつつ、ミーアは答えを編み出す。

「少なくとも、帝都ルナティアの、わたくしが敬愛する神父さまであれば、持て余してしまいそうな建物だ、と思いましたわ」

 ミーア、またしても、善悪の評価を保留! 代わりに、新月地区の神父の価値観を借りつつ、敬愛するの一言を加えることで、ふんわり、否定的なニュアンスを付け加える!

 ペルージャンの良質なお茶菓子は、ミーアの脳内環境を整え、クリアな思考へと導くものであった。

「なるほど。ルナティアに派遣された者は、善き神の使徒なのですね……」

「ええ。ご自分のことより、教会で面倒を見る子どもたちのことを気にする、とても優しい方ですわ」

 ……若干、ラフィーナの肖像画関係が気にならないではないが……まぁ、概ねいい人だと思うミーアである。

 それはさておき、どうやら、ミーアの答えは正解だったらしく、ルシーナ司教は、少しだけ苦い顔で続ける。

「この建物は、ヴェールガから派遣される司教のために、と、この街の商人たちが建ててくれたものです」

「ああ。なるほど……。この地の商人たちの感謝の徴といったところですわね」

 あるいは、それは、周辺国への牽制、ともとれるだろうか。

 このセントバレーヌは、ヴェールガ公国の領土であると……それを証明するために、あえて、ヴェールガから派遣されてくる司教に、最良の館を提供する。

 そのような思惑が陰に潜んでいそうだが……。

「華美に過ぎる建物だと私などは思うのですが、歴代の司教の中にはここに住むことで、ある種の特権を享受していた者もいたと聞きます。お恥ずかしい話ですが……ただ、広ければ、広いなりに使いようもあると思います」

 その時だった。ルシーナ司教の帰宅を、館内の使用人たちが出迎えに出てくる。老齢の執事とメイド長を筆頭に並ぶのは、若い使用人たち。その中には、ベルやシュトリナはおろか、ヤナやパティほどの子どももいたため、ミーアは少しだけ驚く。

「海は恐ろしいところです、ミーア姫殿下。商人や漁師、船乗りたちは、とても呆気なく命を落とし、後には孤児たちが残される。商会や、漁師仲間で子どもたちの面倒を見ることができればいいのですが、すべて担えるわけがない。なので、この館で引き取り、生きていく術を教えているのです」

「なるほど。行き場のない子どもたちをルシーナ伯爵家の使用人として雇用すると……?」

 感心した様子で問いかけたのは、シオンだった。けれど、ルシーナ司教は静かに首を振る。

「いえ、ここはあくまでも修行の場。技術を身に着けた者は、それぞれ、ヴェールガや他国に渡って、その家で働けるように取り計らっています。そうして、常にここには新しい子どもを受け入れられるようにしています」

 それから、ルシーナ司教は、近くにいた子どもの頭に、そっと手を置いて、

「孤児たちを養育すると謳えば、商人たちはお金を寄付してくれる。その寄付は、次の子どもたちを養い育てるために使われる。善き金の流れを作り出すことができる」

 それから、彼は、ミーアに、シオンに、アベルに目を向けて言った。

「私は、孤児院や教会が貧しくて良い、と思ったことはないのです。教会や孤児院に金があったほうが、より多くを救える。その建物が大きく堅牢なほど、多くの弱き者たちを受け入れることができるからです」

「この立派なお屋敷も、そうであると……?」

「ええ。この屋敷には、商人たちが献上した、一級品の家具や調度品が揃っていますから、ここで練習すれば、他国の貴族たちの家でも粗相をすることはないでしょう。壊しても良い一級品の道具が揃っている。修練を積むには良き環境でしょう?」

 それから、彼は柔らかな笑みを浮かべた。

「ミーア姫殿下、セントノエル学園の特別初等部という構想……あれは、とても素晴らしいものでした。惜しむらくは、ラフィーナさまが、あれを始めたのではないことですが……それでも、意義があることに代わりはないのでしょうね」

 そう言いながら、彼は屋敷の中へと、ミーアたちを誘った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >>教会や孤児院に金があったほうが、より多くを救える。その建物が大きく堅牢なほど、 多くの弱き者たちを受け入れることができるからです このセリフもそうですが、今回のルシーナ司教の言葉には…
[気になる点] まさかラフィーナ様がルーシナ司教の頑な過去のトラウマのせいでミーア姫を認めずに自分とミーアとの友誼を問題にした事でミーア女神肖像画を使いそれに対するミーア様の対応や行動をルーシナ司教に…
[良い点] 「なるほど。行き場のない子どもたちをルシーナ伯爵家の使用人として雇用すると……?」  感心した様子で問いかけたのは、シオンだった。けれど、ルシーナ司教は静かに首を振る。 シオンもミーア姫と…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ