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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
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第六十七話 慧馬、邂逅す

 火慧馬は、レムノの剣聖ギミマフィアスと、馬談議に花を咲かせていた。

 どこの国であっても馬トークは鉄板、とばかりに、生まれた国も年齢も違う二人は、大いに盛り上がっていた。

「なるほど。レムノ王国の馬術教練には、山族が関わっていると……。しかし、興味深いな。レムノの軍馬と帝国の軍馬にそんな違いが……」

 などと、すっかり空気が温まっていたところで……巫女姫の部屋から一人の男が出てきた。

 黒い髪と不機嫌そうな顔……。目つきの悪いその男を見て、慧馬は、

 ――アベル・レムノの兄か。なるほど、彼を不良にしたような顔だな……。

「なんだ、お前は……」

 慧馬に気づいたのか、鋭い視線を送ってきた男、ゲイン・レムノは、不快さを隠すことなく言った。

「そう殺気立つことはないぞ、ゲイン・レムノ。程度が知れる」

 向けられた敵意を涼しい顔で受け流し、慧馬は言った。

 余裕の態度だった。余裕綽々だった!

 なにしろ、慧馬は戦士である。しかも、かの狼使い、火馬駆の妹でもあるのだ。

多少、腕が立つ相手程度であれば見慣れているし、ぶっちゃけ敵意を向けられても、どうということはないのだ。

兄と比べれば、ちゃんちゃらおかしいわけで……。

 そうなのだ、彼女の恐怖の基準は、あのディオン・アライア水準。

 ミーアの奥義「ディオン・アライアよりもマシ」を、慧馬は、持ち前の野生の感覚で身に着けているのだ。

 それゆえ、王子の殺気程度、可愛いもの。他愛なさすぎて、鼻で笑ってしまうのだ。

 それに、外には羽透も控えているし……。

 ということで、慧馬は堂々たる態度で、名乗りを上げる。

「お初にお目にかかる。我は、火慧馬。騎馬王国は火族の族長の妹だ」

 それを聞き、ゲインの眉が、ぴくんっと上がる。

「火族の族長……ということは、あの男の……」

「いかにも。火馬駆は、我が兄だ」

「ふん。そうか。お前も、あの蛇とか言うふざけた連中の仲間か?」

 腕組みし、見下ろしてくるゲイン。慧馬は静かに首を振り、

「それは過去のこと。今は、我が友ミーアにより、火族は蛇の影響下から救い出されている」

 まるで、友の偉業を誇るように、あるいは、してもらった親切を告げ知らせるかのように、慧馬ははっきりと言った。

「ミーア姫により、我らは解放されたのだ」

「ああ、そういえば、そうだったか」

 ゲインは、つぶやきつつ、ゆっくりと歩み寄ってくる。ジッと見つめくるゲインに、なんだ、こいつ。やんのか、この野郎! と身構える慧馬。

 慧馬は戦士である。温室育ちの王子に負ける気などサラサラないのだ。売られた喧嘩を買う気満々で待っていた慧馬、であったのだが……。

 目の前まで来たゲインは、その場で頭を下げた。

「我が姉、ヴァレンティナが迷惑をかけた」

 突然の殊勝な態度に、慧馬、思わず仰け反る。あまりに予想外過ぎて、言葉に詰まってしまって。

「なっ……」

 呆然とする慧馬の目の前、ゲインは踵を返す。バサリとマントを翻して、まるで、埃を払うかのように……。

「行くぞ、ギミマフィアス」

「なっ、ちょっ、おい……」

「なんだ、まだなにか用があるのか?」

 立ち止まり、軽く顔を向けてくるゲインに、咄嗟にかける言葉が見つからず……。慧馬は、途切れ途切れに言った。

「いや……謝罪を受けようとは思っていなかったから、驚いただけだ。それに、詫びを受ける筋合いのことでもない」

「ふん、気にするな。形だけだ。レムノ王家に携わる者として、けじめとして頭を下げただけのこと」

 ゲインは、小馬鹿にするように口の端を上げ、それから、再び背を向ける。

 その後ろから、ギミマフィアスが付き従う。

「時に、ヴァレンティナさまは、どのようなご用件で……?」

「この俺に頼みたいことがあるそうだ。なんの気まぐれかは知らんが……」

「頼み……? ヴァレンティナさまが、ですか?」

「正直、聞いてやる必要を微塵も感じぬが……俺自身、気になっていることにも関係していてな。行かぬわけにはいかなくなった。悪いが、付き合ってもらうぞ」

 その言葉を聞いていて、慧馬は、生ぬるい笑みを浮かべる。

 ――ああ、上手いこと、巫女姫に乗せられたのだろうな……。

 なにしろ、相手は、かの巫女姫だ。相手の心を操る術に長けた、恐るべき相手。この王子程度なら、容易く操れてしまうんだろうなぁ、なんて思ってしまって。

 そうして、慧馬を残して、二人は出て行った。

「ふん……。無礼な男だが……我と同じように兄姉に振り回されていると思うと、少々、同情できなくもないか」

 苦笑いを浮かべてから、慧馬もまた踵を返す。

 巫女姫の待つ部屋のドアを大きく開け放ち、

「失礼する」

 ドアの向こうには、椅子に座る巫女姫ヴァレンティナ、それに、自らの兄、火馬駆の姿があった。

「慧馬か……」

「久しいな。兄上。怪我はまだ癒えぬか?」

 馬駆は、軽く腕を動かして見せてから……。

「問題ない。それより、燻狼の行方は……?」

「ガヌドス港湾国で行方をくらまして以来、行方が知れぬ。ヴァイサリアンの暗殺者と行動を共にしていた時には、多少、強引な手を使っていたから見つけることができたが……。本気で身を潜めようとされたら、なかなか、な……」

「ふふふ、蛇のすべてを捕らえることはできない」

 嘲笑うように言うヴァレンティナ。まるで歌うように、彼女は言った。

「捨て置けばいいわ。無駄な努力を続ける意味はない」

 その様子を見て、慧馬は、微妙な違和感を覚えた。以前までの彼女とは違い、どこか、余裕のない印象を受けたのだ。

「意味がない……か。もとより、人生に意味などない……とか言っていた気がしたが……?」

 慧馬からの思わぬツッコミに、ヴァレンティナは、かすかに目を見開いた。

「なにやら、雰囲気が変わったのではないか?」

 その指摘に、ヴァレンティナは、儚げな笑みを浮かべて首を傾げた。

「別に驚くには値しないわ。人は変わるものよ、慧馬さん。永久に変わらないものは、蛇と、人がいずれ滅びるという事実だけ」

 変わらぬ主張、蛇の不変を歌うヴァレンティナ、であったが……。その言葉にも、かすかな揺らぎを感じる慧馬であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんと言うかヴァレンティナ姉様がまだまだ立ち直れてない辺り、相当に心が複雑骨折してて治癒するのに時間がかかっているんだなぁ……。真面目な努力家で思い込みの激しい気質はやはりアベルに似てます…
[気になる点] ほほー、揺らぎが?
[一言] ミーアとかベルなどが、神の介入受けている。 蛇も人は世代経るごとに帝国の初代皇帝の意思は、消えていったように、人は忘れていくものだから、蛇もミーアたちがつくる平和の前に意思は消えていくと…
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