第六十四話 さんいいったい
さて、ミーアたちがセントバレーヌへと出発したのは、五日後のことだった。
成り行き上、メンバーは、生徒会のメンバー総出でということになった。
商人たちに顔の利くクロエはもちろんのこと、ルシーナ司教への弁明が必要になった際、助力が期待できるシオンとアベル。さらに、将来的にペルージャンの農作物を輸出する際の参考に、と輸送網について学ぼうとしているラーニャも、今回は同行する。
護衛として同行するティオーナとリオラ、キースウッド。シュトリナとベルもまだ見ぬ土地への旅行にワクワク顔で、それを見たリンシャが、やれやれ、などとため息を吐きつつ同行する。
さらにさらに、
「セントバレーヌの港湾施設は、どんななのか見るのが楽しみだわー」
などとウッキウキのオウラニアもいたりして……。
実に……こう、楽しい旅になりそうだった! ラフィーナやエメラルダに知られたら、大変である!
さながら、修学旅行の様相を呈してきたセントバレーヌ行きだが、そんな中、ミーアだけが浮かない顔をしていた。
そうなのだ、これから行くセントバレーヌでのあれやこれや、を考えると、ついつい気持ちが重く……重く、なった……のではなく、ただ眠いだけだった。
今日からの旅行が楽しみで、前日、ちょっぴり眠れなかったのだ。
そんな、元気のないミーアに気を使って、現在、この馬車に乗っているのは、アンヌとミーアの二人きりだった。
「ふわぁむ、眠いですわ……」
「ミーアさま、あの、大丈夫ですか? 少しお休みになられてはいかがですか……?」
心配そうな顔で声をかけてくれるアンヌに、ミーアは笑みを浮かべて首を振る。
「ええ……大丈夫ですわ。ふふ……しかし、こうして二人でのんびりするのは、ひさしぶりという感じがいたしますわね」
最近は、やることが多くて、アンヌとまったりする機会が減っていた。それに、パティやヤナたちのほうの面倒も見てもらっていることもあり、アンヌも忙しくなってしまった。
助かる反面、ちょっぴり寂しくもあるミーアである。
だから、こうして二人で話す時間は貴重なものに感じられた。
……まぁ、実際には、勉強のサポートに、日々の髪やお肌のお手入れに、と、ミーアが思っているよりは、普通に会話していたりするのだが……それはさておき。
「ところでミーアさま、あの肖像画……本当に、そんなに問題なのでしょうか?」
ふと、アンヌが不思議そうな顔で聞いてきた。
「ミーアさまのなさってきたことを思えば、あんなふうに神さまとして崇めたくなるのも、わかるなって、思うんですけど……」
そんなアンヌの言葉に、ミーアは小さく笑みを返して。
「ふふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいのですけど……。わたくし、別に、神さまと崇められたいなんて、まったく思いませんわ」
静かに首を振る。
それはもちろん、中央正教会と敵対したくないという気持ちからのことではあるのだが、それ以上に……、単純に面倒くさいからだ!
「神のごとく、なんでも一人でするというのは、きっととても大変なことですわ」
何でも自分一人でやる……やらされるっ! そんなのはごめんだ、できれば、仕事は周りのみんなにやってもらいたい。それで、最後のほうに、ちょこっと手を出して、一緒にやった感を出す。これこそがベストである。
などと考えるミーアであったが……そこで、ハッと気付く。
さすがに、そんな本音を言うわけにもいかない。なので、ちょっぴり軌道修正して……。
「なんでも、一人でするのは、ええと、その……きっと辛いことですわ。サンクランドのエイブラム陛下も、きっとそんな気持ちだったのではないかしら……。神は三位一体といいますから、きっと、神の中で交流を計れるということでしょう。けれど、わたくしは、やはり寂しいですわ。わたくしは人で、三位一体ではありませんから」
……まぁ、ミーアは、食事とキノコとお菓子、それぞれに胃を持つ三胃一体の人ではあるかもしれないが。それはさておき……。
ミーアの言葉を聞き、アンヌは深々と頷いて……。
「よくわかりました。では私は、ミーアさまのことを、何があっても神さまだなんて思いません。みなが神さまとして扱ったとしても、私だけは決して……」
っと、そこで、アンヌは悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「ですけど、もしも、ミーアさまが女神さまになるんだったら、私も司教になってミーアさまの一番の相談相手になる、というのも楽しいかもしれません」
思わぬ発想に、ミーアは思わず笑ってしまった。
「あら、アンヌが教会のトップになろうというのですわね? 大司教アンヌ、あるいは、聖女アンヌかしら? ふふふ、似合うかもしれませんわね」
そうして、二人は、くすくすと、ひとしきり笑い合った。
「それにしても、驚いてしまいました。まさか、エリスの書いていた小説が、このような形で、お役に立つなんて……」
「あら? 驚くには値しませんわ。エリスの小説はとても出来がよろしいですもの。冒険小説だけでなく、恋愛小説のほうも、とても楽しいですし」
っと、そこで、ミーアはパンッと手を叩いた。
「そうだ。恋愛小説といえば、アンヌ、あなたは、どなたか、意中の殿方はおりませんの?」
そう言えば、未だにアンヌの恋バナを聞いたことがないな、と思いつくミーアである。
「…………はぇ? あ、え、い、いませんよ、そ、そんな人……」
大慌てで、手をぶんぶん振るアンヌ。
「あら、そんなに慌てずともよろしいではありませんの? あなたとて若い娘。恋の一つや二つしてもよいのではないかしら?」
ミーアは朗らかな笑みを浮かべて言った。
「あなたには、わたくしの子どもたちの乳母になってもらいたいと思っておりますけれど……あなたの子どもには、わたくしの子どもの友になってもらいたい、とも思っておりますのよ?」
そうして思い描くのは、明るい未来だ。
自らの子がアンヌの子と友となり、自分の友人たちの子どもたちと共に未来を作り上げていく。それを見守るのは、とっても、素敵なことに思えてならないミーアである。
――そうなれば、わたくしは引退してゆっくりできますし……うむ。盤石な未来のためにも、今が頑張り時ですわ!
将来の楽のために、全力で今を頑張る所存のミーアであった。