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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
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第六十三話 慧馬、叡智を語る

 さて、ミーアたちが怪しげな肖像画に右往左往していた頃のこと……。

 火慧馬は、セントノエル島を離れていた。

 騎馬王国の族長会議に顔を出し、レッドムーン家の乗り手と腕を競い合ったことを報告(大いに盛り上がった!)、帝国から乗馬術を学びに来ているヒルデブラントの様子を聞いて(騎馬王国の民とすっかり馴染んでいた!)から、再びヴェールガ公国へ。

 ヴェールガの使者に連れられて向かったのは、巫女姫ヴァレンティナの幽閉された場所だった。

「羽透、賊はいないか……?」

 念のために、と相棒に頼む。と、従者たる戦狼、羽透は、顔を上向け、くんくん、と鼻を動かした。それから、ぶーふっと鼻を鳴らし、慧馬の足元に顔を摺り寄せてきた。

「そうか。問題なし、か……」

 つぶやきつつも、決して警戒を緩めることのない慧馬。

 なぜなら、その場所は、多くの者に秘された場所だったから。

 ヴェールガ公国の、とある場所に立つその建物は、一見すると、天を貫く塔に見える。

「ここに、巫女姫ヴァレンティナが……」

 慧馬がここに来たのは、一つには兄が来ていると聞いたからだが……、もう一つには、ヴァレンティナとの約束を果たすためだ。

「お茶会の誘い……。別に聞く必要はないが……逃げたと思われるのもシャクだからな」

 火の一族の里にいる間、何度か誘われたことがあったのだが、慧馬はすべて断っていた。

 それは、巫女姫ヴァレンティナの危険な気配を、慧馬が敏感に察知していたから……では、ない。実は違う。

 ではなぜか、といえば……。

「レムノ王国の姫君のお茶会……あの時の我は正式なマナーがわからなかった……」

 ……割としょうもない理由であった。

 だが、っと、慧馬は拳を握りしめる。

「我が友ミーアと共に、お茶会を重ねること数度。マナーは完璧に身に着けた。これで、弱みを見せることはない!」

 そう、セントノエルに行き、ティアムーンにも行き……その空気を吸った。

 白月宮殿にも行ったし、そこで食事までした。

 今や、慧馬は、帝国式のテーブルマナーを完璧に身に着けたと言っても過言ではないのだ。

 ……そうだろうか?

「しかし、我が兄ながら、まだ完全に回復せぬとは……情けない」

 ふん、っと鼻を鳴らして、慧馬は塔に足を踏み入れた。一瞬、警備の兵に声を掛けられそうになったが……すぐに、慧馬……の連れている狼を見て納得の笑みを浮かべた。

 ラフィーナから、慧馬が訪ねてくることを聞いていたのだ。

「どうぞ、お入りください。火慧馬殿」

「うむ、世話になる」

 深々と頭を下げてから、慧馬は塔に足を踏み入れた。

 長い階段を登り、登り、ヴァレンティナが幽閉されている部屋の前、待機室に入ったところで、

「申し訳ありません。こちらでお待ちください。ただ今、先客がおられますので」

「わかった。だが……客?」

 っと、そこで気が付いた。待機室にひっそりとたたずむ、金属鎧の男……。慧馬は、その男に見覚えがあった。

「むっ……貴殿は……確か、レムノ王国の……」

 慧馬のほうに目を向けた男……ギミマフィアスは、静かな笑みを浮かべて頭を下げた。

「これはこれは、ご無沙汰しております。火族の姫君……」

「なぜ、貴殿がここに……まさか……巫女姫の命を奪いに来た、とか……?」

「おや、心配ですかな? ヴァレンティナさまのことが……。貴女たちの一族は、ヴァレンティナさまのせいで、酷い目に遭ったと聞いておりますがな……」

「いや、別に、心配というわけではないが……」

 ではなぜ、そんなことを聞いたのか……と考え、すぐに慧馬は気付く。

 自分は、ミーアの作り出す未来のことが気に入っているのだ、と……。だから、それをぶち壊しにするようなことは、してほしくないのだ。

「ふふ、そのような顔をなさいますな。すでに、与えられた命令は撤回されておりますでな」

 ギミマフィアスは苦笑いを浮かべてから……。

「しかし、ミーア姫殿下は、処刑せずにどうするおつもりなのですかな」

「どういう意味だ……?」

 首を傾げる慧馬に、ギミマフィアスは、あくまでも穏やかな口調で言った。

「蛇……でしたか。あのような者たちを生かしたままで、いったいどうするつもりか、と思いましてな。死を恐れず、秩序の破壊に暗き情熱を燃やす者たち……生かしておいたとして、矯正するのは、容易なことではないでしょうに……。殺してしまうのが、一番簡単なのではないか、と思いますが……」

「それはどうだろうな……蛇は確かに厄介ではあるが……手がないわけではないだろう」

 慧馬は緩やかに首を振った。

 例えばの話、慧馬は、戦士だ。命を惜しむことはない。戦士は死を恐れない。

 けれど、今は……死ぬのが少しだけ怖い。戦場から遠く、離れすぎたからだ。

 戦士が死を恐れぬのは、すぐ隣に死があるからだ。いつ死んでもおかしくないからこそ、どう死ぬかを考え、覚悟を決める。

 けれど今は違う。死は、遠く離れて行った。

 では、死が遠い環境において、躊躇いなく命を差し出すことができる者がどれほどいるだろうか?

 衣食住が揃い、すべきことが与えられた環境において、突然、死ねと言われて、なにも感じずにいられる者がどれほどいるだろうか?

 満ち足りた環境に身を置いてなお、蛇の信念を持ち続けられるものだろうか……?

「少なくとも、あの者たちを死を恐れる者にするのは、案外、簡単かもしれない」

「ほう……それは?」

「簡単なことだ。毎日、食い物を与え、寝る場所と服を与え、すべきことを与える。正しく、『人』として扱ってやればいいだけのこと」

 そう、人間は、正しく人として扱われる時には、死を恐れるものなのだ。

 なぜなら、人とは、本来、生きて、なにかを成す存在であるからだ。もし、そうでない者がいたなら、さまざまな状況が、その者を「人」として生きられないようにしているのだ。

「大切な者を失った復讐ならば……取り返しのつかぬ傷を受けた者であれば、あるいは、変えることはできないかもしれないが……。それはあくまでも相手側の問題だろう」

 慧馬は、そう考える。

 「なぜ、この私が『善き者』となれるよう取り計らってくれなかったのか?」などと言うのは、甘えだ。与える者が言われる筋合いのなきことだ。

「やり直しの機会を与えるは統治者の領分。されど、その機会を生かし、あるいは殺すのは、与えられた者の領分だ」

「やり直しの機会を与えられた時、どのように振る舞うかは当人次第、と。なるほど……。ちなみに、それは、ミーア姫殿下のお考えで?」

 顎を撫でつつ問うてくるギミマフィアスに、慧馬はそっと胸を張り、

「はっきり聞いたわけではない。が、我は、ミーア姫の一番の友ゆえに。その心を知るは容易い」

 堂々と言い放つのだった!

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― 新着の感想 ―
[良い点] >>騎馬王国の民とすっかり馴染んでいた! 今後のストーリーの本筋に絡む可能性の少ない人物ですから、元気にやっていると 知れるだけでもありがたい。 帝国での堅苦しさとも無縁の生活に加えて思…
[気になる点] ラフィーナ、エメラルダ、慧馬、オウラニア、シュトリーナ(ベルに対しては)各王侯貴族令嬢は何故か皆さん自分が一番の親友もしくは弟子とか競い合うのだろうか? アンヌ、タチアナ、アーシャ、ラ…
[良い点] >……そうだろうか? 字の文さんのツッコミが相変わらずキレッキレで素敵ですwww [一言] >ミーア姫の一番の友 そう自称する人、何人もいますよねぇと、ふと思いました…w そのうち、一番争…
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