第六十一話 疑惑
「これはまた、とんでもない物を見つけてきたな……」
シオンが、呻くような声で言った。
レアやリオネルは、まだ顔をひきつらせたまま固まっている。そんなヴェールガの双子に聞かせるように、あえて、といった口調で、シオンは言った。
「ちなみに、ミーアはこのことを知らなかった、ということだな?」
「無論ですわ。こんなもの、知っていたら、さすがに止めますわ」
『ミーア焼き』をはじめとして、基本的に民草の活動に寛容なミーアであったが、この肖像画は、ミーア自身の感情とは別のところで、問題だった。
「こんなものが、このセントノエルで……」
ショックを受けた様子で、リオネルがつぶやく。さらにショックなことを告げねばならないと思うと気が咎めたが、ここは言わないでおくわけにもいかない。
「作られた場所も聞きましたわ。セントバレーヌで作られたと……」
「馬鹿な!」
リオネルが腰を浮かせかける。レアのほうも口に手を当て、青い顔をしている。
「これが……セントバレーヌで……そんな、そんなこと……」
言葉が、続かなかった。それほどに、破壊力のあるものなのだ。権力者を、神として崇めるような商品というのは……。
「あの……あまり、難しく考えなくても……悪意のない商品ということは、考えられませんか?」
そう指摘したのは、商人の娘、クロエだった。
商人にとっての価値基準は、あくまでも商品が売れるかどうかだ。
人気の貴族がいて、その貴族を利用した商品を作ることは、あり得ることだ。
怒られない範囲でとはいえ、売れるならばギリギリを攻めるのが商人というもの。そのような観点から、この肖像画を見ると、そこまで不思議なことはない、とクロエは主張していた。
「ミーアさまは、今や大陸の人気者ですから、こういったものが出てきてもおかしくはないと思います。セントバレーヌは商人の町ですし……」
「そうですわね。わたくしも、別に自分の姿を模したもの自体に目くじらを立てようとは思いませんわ」
黄金の巨像とか、灯台とかには、まぁ……資金的に一言言ってやりたいところだし、巨大雪像にも、いろいろと思うところはあるのだが……。それでも、民草が親しみをこめて作ったミーア焼きに関して「無礼者!」などと怒ろうとは思わない。美味しいところを献上せよとは思うが……。
けれど……。
「わたくしへの信頼は別に良いですわ。それが、わたくし個人ではなく、食料を融通しあう仕組み自体への信頼ならばなお良いですけれど、ともかく構いませんわ……。しかし、神格化されてしまうのは、避けたいですわ」
なにしろそれは、ヴェールガ、並びに、ヴェールガを支持する国を敵に回すことになるからだ。否、帝国内だとて、場合によっては敵に回してしまうわけで……。
それに、ミーアは知っているのだ。
自身の経験や、ベルやパティを通して……自身の常識では測り得ないものが存在しているのだ、ということを。
では、それが、中央正教会の言うところの神と同一の存在であったとしたら……どうだろうか?
他の神を認めない、その強大な存在に喧嘩を売る可能性があるなど、言語道断!
絶対に避けるべきことである!
「そうだね。蛇に付け入る隙を与えることはないだろう」
そんなアベルの言葉に、眉を潜めたのはリオネルだった。
「ええと、蛇……とは、なんのことでしょうか?」
「ん? ああ、そうですわね……。まだ、お二人は知らなかったのでしたわね」
頷いてから、ミーアは、考え込む。
――しかし、話してしまっても良いものかしら……。ヴェールガに居ながら、お二人がご存知ないというのは、なにか理由があるのでは……?
一瞬、迷うも、ミーアはすぐに覚悟を決める。
「……本当は、ラフィーナさまに事前に相談しなければいけないのかもしれませんけれど……あなたたちお二人は、知っておくべきである、とわたくしは判断いたしますわ」
もしも、ここで情報を秘してしまうと、彼らが気になってしまうだろう。また、自分たちだけ知らされていないということに、不満を感じるかもしれない。
そんな関係のギクシャクを、蛇は容易く突いてくる。だからこそ、ここは、あえて教えておくべきだろう。
――将来、この二人が心折れて蛇のことを思い出してしまうと、それは逆効果になりそうではありますけれど……。仕方ないですわね。
そう割り切って、ミーアは話し出す。
混沌の蛇という存在。そして、ヴェールガ公国と中央正教会のスタンスを。
「そんなことが……。ラフィーナさまとミーア姫殿下が協力して……」
リオネルは、それを聞いて、呆気にとられた顔をした。
「いや、でも……そうか。確かに、今ならば信じることができます。お二人が本当の友誼を結び、そのような悪辣なものと戦っていたこと……」
「あの……」
その時だった。意を決した様子で、レアが手を挙げた。
「なにかしら、レアさん」
レアは一度口を開きかけ、思いとどまり……。大きく息を吸って、吐いてから……。
「お父さまは、その肖像画作りに関係しているのでしょうか……?」
そんなことを言った。