第九十八話 楽しいお茶会、そして……
「ああ、久しぶりですわね」
清々しい気持ちで、ミーアは学園を見上げた。
「まさか、この学校に帰ってくるのを嬉しく感じる日が来るなんて、思いもしませんでしたわ」
ミーアがセントノエル学園に着いたのは、新学期が始まる一週間前のことだった。
正直、学校などあまり好きではなかったミーアではあるのだが、ギロチンから解放された解放感に浮かされて、ついつい早めに帝国を出てしまったのだ。
鼻歌を歌いながら学園の門をくぐると、
「あっ、ミーアさま!」
「あら、クロエ、ごきげんよう」
ミーアは、かしこまった様子で、ちょこん、とスカートの裾を持ち上げる。
クロエもあわてて同じようにして……、それから二人は顔を見合わせて笑った。
「久しぶりですわね、クロエ。元気にしていたかしら?」
「はい、ミーアさまもお元気そうでなによりです」
「お父上もお変わりはないかしら?」
「あっ、はい、先日は父がお世話になりました。とても良い商談ができたと喜んでました」
「まぁ、それはよかったですわ」
「それに、すごく驚いてました。ミーアさまは、まぎれもなく帝国の叡智だって……」
「あら、それは過大評価というものですわ」
まったくである!
珍しく、真っ当なことを言ってしまうミーアである。
そんな風にして、楽しくお話をしながら校内を歩いていると、中庭のところで近づいてくる人物がいた。
「あら、お久しぶりね、ミーアさん、ごきげんよう」
「これは、ラフィーナさま……、ごきげんよう。お変わりなきようでなによりですわ」
二人は貴族にふさわしく、優雅な礼を交わす。
それから、ラフィーナはクロエのほうを見て、優しげな笑みを浮かべた。
「クロエさんも、ごきげんよう」
「あっ、えっ、あ、は、はい。ら、ラフィーナさま、ごきげんよう」
緊張で硬くなるクロエを見て、くすくす楽しそうに笑ってから、ラフィーナはミーアの方を見た。
「ミーアさんは、クロエさんともお友だちなのね」
「ええ、親友ですわ」
あっさりと言ったミーアに、クロエは目をまん丸くした。
「しっ、親友…………?」
「よく読んだ本の感想などを、いっしょにお話ししたりしますわ」
「あら、そうなのね」
ラフィーナは嬉しそうに微笑んで、
「どうかしら? これからお茶にしようと思っていたのだけど、一緒にどうかしら?」
「あ、では、私はこれで……」
「あら? クロエ、なにか用があるのかしら?」
「いえ、でも、お邪魔になりそうですし……」
「そんなことないわ。私は三人でお茶を、と思っていたのだけど」
そう微笑んでから、ラフィーナはミーアの方を見た。ミーアも小さく頷いて、
「わたくしも、あなたとお茶したいですわ、クロエ。ラフィーナさまもああ言っておられますし、一緒に行きましょう」
そう言って、クロエの手を取った。
「聞きましたよ。ミーアさん、なんでも学校を作るとか?」
ラフィーナの部屋でお茶会が始まってから、一時間ほどたった時のことだった。
紅茶のカップに口をつけながら、ラフィーナは上目遣いにミーアを見つめた。
「民衆にも門戸を開くと聞きましたが、思い切ったことをしましたね」
それを聞いて、クロエがびっくりしたように、瞳を瞬かせた。
「ミーアさま、そんなことをしようとなさってたんですか?」
二人の視線を受けて、ミーアはちょっとだけ……、ビビった。
――もっ、もしや、ティオーナさんの弟を貴族だけの学校に入れたくないから、民衆を通わせようとしていることが、バレたんじゃ?
確かにギロチンからは解放されたわけだが、それでも、ラフィーナに睨まれていいことはないだろう。
ミーアは慌てて言い訳を考える。
「べっ、別にそれほど驚くことでもないのではないかしら? 才能を持つ者は家柄に関係ありませんし?」
なにしろ、門閥貴族でも何でもないティオーナの弟が新しい小麦を発明するのだ。
血筋に才能は関係ないのだ。そのはずだ!
苦し紛れの言い訳は、幸いなことにラフィーナに通じたらしく……、いや、むしろ、深々と突き刺さったらしく、
「まさしくそのとおりよ。さすがは、ミーアさん、私のお友達ね」
ラフィーナは感動に瞳すら潤ませつつ、ミーアの手を取った。
その様子に、目を白黒させるミーアである。
なにせ、適当なことを言ったら、なぜだか、感動されてしまったのである。
普通であれば、警戒してしかるべきところであるのだが……、
「それほどでも、ございませんわ」
ミーアはニマニマ、笑みを浮かべた。
ミーアは乗っていた。
先日感じたビッグウェーブが、今なお勢いを失っていないのを感じる。
――来てますわ、波が……。抑えきれないビッグウェーブがわたくしを押し上げようとしていますわ!
そんな風に調子に乗っていたから、だろうか。
「失礼いたします、ミーアさま」
血相を変えて入ってきたアンヌの様子に気づくことなく、なんの心の準備もなく、聞いてしまった。
「どうかしましたの?」
ミーアの顔を見て、アンヌは一度深呼吸してから、おもむろに言った。
「革命が……、おこりました」
「…………へ?」
かくて、事態は急転する。