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9/25

※第6もふ。「9月は、はじめからやりなおす」※

 

 裏門正面にある石畳の階段の上で、オレはぶうたれながら頬杖をついていた。


「おっそ~~い」


 何十分待たせる気なんだろうか。


 暇じゃないってあれほど言ったのにあののっぽのモフ、舐めてきよる。


 そんなふうにイライラしながら、ずっと待っていたけれど。


「もーー!! あんなカバ野郎しらんっっ!!」



 勢いよく立ったその時、ふわり。といいにおいがした。


 せっけんの香りでもない。

 シャンプーでもない。


 たとえようもないけれど、すごく頬がゆるむにおい。


「待たせたな」


 階段下から眼光鋭く見上げてくる、やたらヤンキーくさいもふもふ野郎!!!!


「~~きゅうびっ!」


 勢いあまって、ダイブした。


 どすん! 

 という音と共に、軽い衝撃が走る。


 盛大にぶつかったせいでわずかによろけたきゅうび。


 それでも今度は地面に激突することもなく、ちゃんと受け止めてくれた。


「何度落ちたら気が済むんだお前は……。頭打ったら責任取れるんだろうな?」


 ややキレ気味の口調だったが心配してくれてるのはわかるし、口とは裏腹に面倒見いいことをすでに知っている。


 絆創膏にみかん。


 いつも一言多いけど、なんだかんだこいつはオレのこと大好きに違いない。


(きっとそうだ~~❤)


 嬉しみでぎゅー返ししていると、べりっと胸から引きはがされた。


「話聞いてんのかクソガキ。ごめんなさいも言えねえのかお前は」


「うん! ありがとう!!」


「一ミリも反省してねえなこいつ……」


 満面の笑顔で嬉しそうに感謝を述べるオレの姿にため息をつきながらも、まんざらでもなさそうなのが雰囲気で伝わってくる。


 そう、<空気エアリーディングマスターナオ>にかかれば、心の中など読み放題なのだ!

(※ただし、きゅうびに限る)




「まあ……それより行くぞ」

「えっ」


「は? クレープ食いに行くんだろうが」

「そうだっけ……?」


「大丈夫かお前の頭」

「ん~~、だいじょうぶい」



 ごまかし加減にVサインを作ったものの、呆れながらもやや本気っぽく心配されてしまった。


「前から思ってたが、お前勉強もできないやつなのか」


「失礼な! できるよ! ……ちょっとは」



「本当か? じゃあ国語の点数いってみろ」


「この前の? ん~、92点」


「……は? 本当だろうな」


「え~~、これぐらいは取れるよ? ちゃんと教科書とノートとプリント暗記すれば」


「は? 今なんつった」


「だから~教科書と~以下略! とにかく全部覚える! 以上!!」


「すげえのかアホなのか、とんでもなく判断に困る解答だな……」


「アホと天才は紙一重っていうでしょ~?」


「わかるが、自分で言うか」


「つまりオレは超天才なんだよ~。めでたしめでたし!」


「確かにめでてえな(頭が)」

「でしょ!」


 冷めた目つきのモフに対し、オレはきらきらのドヤ顔スマイルで返した。


「……天然記念物すぎて言葉もねえ」

「一狩りしないでね?」


珍獣モンスターな自覚はあるのか……」


「きゅうびー。ツッコミが真面目すぎてオレ、今すごくまがお」


「勝手にモニャってろ」

「モニャるより、モフりたい」


「勝手に自分の髪触ってろ」

「え~~けちーー」


 そんな軽口をたたきながら、きゅうびの斜め後ろをついていく。


 表門を出て角を曲がって、また曲がって。


 目の前にとうとう出現したパステルカラーの看板。


 人生初★クレープ屋来た~~~~!!!!



「きゅうび~~! どれにするっ??」


 やや興奮気味に袖を引くと、呆れたように低い声が返ってくる。


「いちいちはしゃぐな。遠足に来た幼稚園児か、お前は」


「パパぁーー!❤ って呼んだほうがいい?」


「全力でやめろ」


 ディスられた仕返しにからかうと、本気で嫌そうに眉間のしわを寄せられた。


 ある意味わかりやすいな~❤ 

 

 とニマニマしていると、さすがにおちょくりすぎたか「早く決めろ」とややイライラした声色が降ってきた。


「ん~~じゃあ、バニラストロベリー、チョコチップつき!」


「了解。お前はここで待ってろ」


Okおけ~~」


 スタンド席にちょこんと座っておとなしく待っていると、周囲からちくちく視線が刺さってきた。


「なにあのふたり……カレカノ?」

「なわけないでしょ、兄妹だって」


「え~、似てなくな~い? あれだよ、あれ。誘拐じゃん?」


「あ~、たしかに女の方バカっぽいもんね。制服着てるけど小学生じゃない? コスプレさせてるんじゃね?」


「え~、誘拐犯趣味わる~い。きっもお~~」


 全部聞こえてる件……とオレは眉間に皺を寄せながら、頬杖をついた。


 きゅうびは誘拐なんてしないし、オレだって中学生ですし。


 ディスり系スイーツ女子達にはみえない角度でムスっとした顔をしていると「チビ! 来い」と狼の遠吠えが聴こえた。


「こっち~~席取ってる~~」

「アホか。外で食うに決まってんだろ」


「え~~」


 体面上不満そうに言ったものの、正直この店にもう一秒もいたくなかったので、素直に席を立つ。


「まったく、ちょっと目を離したと思えば……迷子センターに届けてやろうか」


「だが断るっ。おまえこそ刑務所にお届けしてやろうかっ!」


 いつものやり取りを意識して作り、ぷりぷり怒っていると。


 ふわっ、といいにおいがして、頭になにか触れた。


「きゅうび?」

「……いや。悪かったな」


 頭から手が離れる。あー、なでて欲しかったな~と、物欲しそうに目線で追っていると、きゅうびの足が止まった。


「ナオ」


「えっ、おまえがオレの名前呼ぶとか……明日世界破滅するんかな」


「失礼極まりねえ奴だな……」

「おまえが言う~?」


「いいから、ちょっとこっちに来い」

「んっ?」



 腕を強く引かれ、引っ張り込まれたのは狭い路地裏だった。


 狭いとは言ったが、本当に狭い。きゅうびの息遣いが届く距離だ。


(クレープに乗ったアイス、とけちゃうな。それにしても、こんなところに連れ込みおってこいつ、なにがしたいの?)


 無言でみつめてくる三白眼の中に、ゆらゆら、とまたあの青い炎がちらつく。


 つめたくて。あつくて。

 おだやかで……激しくて。


 その瞳が近づいてくる。

 吐息が鼻にかかる。鼻が触れ合う。


「きゅう、び」


 や、と胸を押しても、びくともしない。

 手首を取られ、縫い留められる。


「きゅう……」


 りん、と鈴の音が鳴る。


「ナオ」


 がり、となにかがかじられる音がした。


 鋭い痛みが走って、「っあ、」と小さく悲鳴が漏れる。


 生暖かいものが首元を流れ落ちる。


 齧られた。首元を……血が流れ出るほど……!!


「や……」


 やだ。やめて。


「だ……」


 こわい。たべないで。


 がくがくと震える膝をすくわれて、気が付くと空が目の前にあった。


……真っ赤な空だ。林檎のような。

 トマトのような。……血のような。


 涙でぼやける視界に、裂けた口の大きな黒い狼の姿が写り込んだ。



「おしまいだ、“赤ずきん”」


「……や、だ……きゅ……」


 続きは言えなかった。


 最後に聞こえたのは、懐かしい大好きな……「だいすきだった」誰かの声だった。



















「起きろ、チビ」









「……ん?」


 瞼をこじ開ける。

 こじ開けてはじめて、寝ていたことを知る。


 真っ白い天井。真っ白いシーツ。真っ白い壁。消毒液のつんとしたにおい。


「……病院?」


 うとうとしながらまぶたをこすり、肌掛けをはぐ。


 不思議なことに、怪我けがはない。


「ん~~?」


 頭に手を当てると包帯が巻いてあった。


 続いてカレンダーらしきものをとらえ、みあげる。


「……九月六日?」


 おかしいな、昨日まで7月だったのに。 

 

 首をかしげながら記憶の糸を手繰り寄せる。

 

 くがつここのか。きゅう。ろく。


 なにか忘れているような。

 なにか、思い出せそうな。


 ぼーっと思考を巡らせていると自動ドアが開いた。誰かが入ってくる。


 背が高い。切れ長の三白眼。筋肉質な腕。金色に染められた髪。


「わたし」は、口を開く。




「……だれ?」




 人生は、「物語」に似ている。


 ページをめくるように季節はすぎさり、喜怒哀楽が踊り、いつしか「おしまい」をむかえる。


 違うのは、元のページには戻れないことだ。


 どんなに望もうと「二度と戻れない」ことだ。


 過去から未来に進むことはできる。

 でも、「その逆」は不可能。


「過去へ戻ること」は決してけして、できない。


 でもね。「例外」というやつはなんにでも存在する。


「数多の可能性」というやつがあって、それを「棄却」することで。


 つまりは「忘却」することで、物事を最初からやり直すことができる。


 いわば……「リセット」だ。



 この時、「わたし」は知らない。

 目の前の人物の正体を。


 あるいは、その人物との間に起きた「可能性の分岐」とやらを。



……いいや。知らないのは、もうひとつだけあった。



「あの……質問なんですけど」


 目の前の人物が目を見開いている。


 その瞳が青く燃えている。

 つめたくてあつくて、おだやかで……はげしい。


 わたしは、「その炎に食べられないように」声を張った。


 張ろうとして、失敗した。



「わたしは……だれですか?」




……こうして。


 物語は、一度閉じられる。

 閉じて、また開かれる。


 おわって、はじまる。


「可能性の芽」をふみにじりながら。

「因果の糸」を絡み付けながら。


 そう。最初から出遭ってはいけなかったのだ。


 赤ずきんは「恐怖」を素通りするべきだった。


「恐怖」がいかに魅力的でも、近寄るべきではなかった。


「恐怖」に触れてはならなかった。


 これでは、食べられるためにそうしたかのようだ。


「おしまい」のために、「はじめた」ようなものだ。


 きんきんと痛む頭の隅っこで、赤いアラートが鳴った。


 林檎のようで、トマトのようで……血のような。


――おおおおん、おん。


 そんな「恐怖」の……「おまえ」の遠吠えが聴こえた……気がした。




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