※第5もふ。「7月は、もふもふとさよなら。」※
下校のチャイムが鳴って、一時間がたった。
裏門にはオレしかしない。
いい加減頭が冷えてきて、またこのパターンかーー、と思い始めていた。
5月から6月にかけてもそうだった。
オレがかまってほしい時に、いつだってあいつはいないのだ。
しょんぼりと頬杖をつき、階段に座ったままため息をつく。
コンクリの上にずっと座っているので、おしりがじんじんと痛い。
痔になったら責任とれよな、と恨み言を(心の中で)呟きつつ、空を見上げる。
雲は高く、空は青い。
吸い込まれそうな海の色を溶かし込んで、映し込んだ宙のパノラマ。
すうっと深呼吸をして、「調律」する。
生徒たちの笑い声。
かん、という乾いたバットの音。
口笛にも似た、ボールの飛ぶかすかな音。
すべての音を収束させ、絡めたのは鈴音にも似た高いソプラノ。
舌ったらずなそれを、ちいさくちいさく奏でていく。
小さくなっていくすべての音を背景に、少しずつフォルテ(強く)。
半音の♯(シャープ)。
アンダンテ(歩くような速さで)……。
からのアダージョ(ゆるやかに)。
アレグロモデラート(穏やかに早く)。
レガート(滑らかに)でいて、カプリチョーソ(気まぐれに)。
喉の中にフルートを顕在させ、ひとつずつ楽器を足す。
ピアノ。オルガンでもいい。
どうせならパイプオルガン。
チェロは必須。
ヴァイオリンも欲しい。
外しはタンバリンだ。
一気にチープになるこの感じが、たまらなく最高。
二度目のチャイムが鳴って、ふと口をつぐむ。
下校リミットの最後のチャイムが鳴った時が、この妄想楽団の演奏者<ファンタスティック・テラー>の終幕だ。
再び奏でたのは、懐かしいあの歌。
ゆるやかに紡ぐ音律に乗って、ひとつ思い出したことがあった。
むかし、むかし……でもないんだけれど。
瞼の歌に明滅するのは、おぼろげな記憶の断片。
螺旋状に展開していく、始まりの章。
思い出す。手繰り寄せる。
病院の敷地内の花壇のある庭で「あの歌」を歌ったことを。「あの嘘」を……ついたことを。
(( ××、だいすき ))
真っ白に輝くかけらは瞬きの合間に溶けて。
とうとう、おしまいの鐘が鳴った。
きーん、こーん、かーん。
壊れた木琴のようにポンコツめいた最終下校チャイムが鳴って、ぼんやりとしたまま腰を上げた。
(結局、来なかったじゃん……)
ため息をついた瞬間、目の端がばちり、とエラーを起こした。
由々しき事態だ。
ぱちぱちと瞬きをして、ぐい、と目じりをぬぐう。
きゅうびのあほ。
いやあんなやつ、もう金輪際人間にカテゴリーしてやらぬ。
馬で鹿なUMA、鹿馬野郎だ。
カバのあほ。バカぁば。
救いようのないかーーーーば。
胸の中で悪態を無限リフレインさせながら、うつむいたまま表門へと足を進める。
悲しい、とか、悔しい、とか。
そういう問題じゃない。
裏切りもののカバなんか、もう知らない。
クレープ、楽しみだったのに。
甘くておいしいの、食べたかったのに。
誰でもよかったわけじゃない。
ただ、おまえと一緒に……食べたかっただけなのに。
もはや、ぽろぽろぼろぼろ、出血大サービスな雫をこすることも嫌になって、前をみないでずんずん歩く。
人気のない通学路を進んで、坂をおりて。
横断歩道を、わた……。
どん、と鈍い音がして、視界が真っ赤になり、なにもみえなくなった。
痛くはなかった。
ただ、本能的に、終わりだな、と思った。
「~~~~~~~っっ!!」
甲高い女性の悲鳴。
「子供が……っ……車に!!」「誰か……救急車を!!」「ダメだ、もう助からない……っ」
( 終わりだ )
( ……なにが? )
(( ……――なにもかもが。 ))
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