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7/25

※第5もふ。「7月は、もふもふとさよなら。」※

 

 下校のチャイムが鳴って、一時間がたった。


 裏門にはオレしかしない。


 いい加減頭が冷えてきて、またこのパターンかーー、と思い始めていた。


 5月から6月にかけてもそうだった。


 オレがかまってほしい時に、いつだってあいつはいないのだ。

 

 しょんぼりと頬杖をつき、階段に座ったままため息をつく。


 コンクリの上にずっと座っているので、おしりがじんじんと痛い。


 痔になったら責任とれよな、と恨み言を(心の中で)呟きつつ、空を見上げる。


 

 雲は高く、空は青い。


 吸い込まれそうな海の色を溶かし込んで、映し込んだ宙のパノラマ。


 

 すうっと深呼吸をして、「調律」する。


 生徒たちの笑い声。

 かん、という乾いたバットの音。

 

 口笛にも似た、ボールの飛ぶかすかな音。


 すべての音を収束させ、絡めたのは鈴音にも似た高いソプラノ。


 舌ったらずなそれを、ちいさくちいさく奏でていく。


 小さくなっていくすべての音を背景に、少しずつフォルテ(強く)。


 半音の♯(シャープ)。


 アンダンテ(歩くような速さで)……。


 からのアダージョ(ゆるやかに)。

 アレグロモデラート(穏やかに早く)。


 レガート(滑らかに)でいて、カプリチョーソ(気まぐれに)。


 喉の中にフルートを顕在させ、ひとつずつ楽器を足す。


 ピアノ。オルガンでもいい。

 どうせならパイプオルガン。


 チェロは必須。

 ヴァイオリンも欲しい。


 外しはタンバリンだ。


 一気にチープになるこの感じが、たまらなく最高ブラビッシモ


 

 二度目のチャイムが鳴って、ふと口をつぐむ。


 下校リミットの最後のチャイムが鳴った時が、この妄想楽団の演奏者<ファンタスティック・テラー>の終幕(フィナーレ)だ。


 再び奏でたのは、懐かしいあの歌。


 ゆるやかに紡ぐ音律に乗って、ひとつ思い出したことがあった。


 むかし、むかし……でもないんだけれど。


 瞼の歌に明滅するのは、おぼろげな記憶の断片フラグメント


 螺旋状に展開していく、始まりのチャプター


 

 

 思い出す。手繰り寄せる。


 病院の敷地内の花壇のある庭で「あの歌」を歌ったことを。「あの嘘」を……ついたことを。



(( ××、だいすき ))


 

 真っ白に輝くかけらは瞬きの合間に溶けて。


 とうとう、おしまいの鐘が鳴った。


 きーん、こーん、かーん。


 壊れた木琴のようにポンコツめいた最終下校チャイムが鳴って、ぼんやりとしたまま腰を上げた。


(結局、来なかったじゃん……)


 ため息をついた瞬間、目の端がばちり、とエラーを起こした。


 由々しき事態だ。


 ぱちぱちと瞬きをして、ぐい、と目じりをぬぐう。


 きゅうびのあほ。


 いやあんなやつ、もう金輪際人間にカテゴリーしてやらぬ。


 馬で鹿なUMA、鹿馬かば野郎だ。


 カバのあほ。バカぁば。

 救いようのないかーーーーば。



 胸の中で悪態を無限リフレインさせながら、うつむいたまま表門へと足を進める。


 悲しい、とか、悔しい、とか。


 そういう問題じゃない。

 裏切りもののカバなんか、もう知らない。


 クレープ、楽しみだったのに。

 甘くておいしいの、食べたかったのに。


 誰でもよかったわけじゃない。


 ただ、おまえと一緒に……食べたかっただけなのに。


 

 もはや、ぽろぽろぼろぼろ、出血大サービスなしずくをこすることも嫌になって、前をみないでずんずん歩く。


 人気のない通学路を進んで、坂をおりて。


 横断歩道を、わた……。



 どん、と鈍い音がして、視界が真っ赤になり、なにもみえなくなった。


 

 痛くはなかった。


 ただ、本能的に、終わりだな、と思った。



「~~~~~~~っっ!!」


 甲高い女性の悲鳴。


「子供が……っ……車に!!」「誰か……救急車を!!」「ダメだ、もう助からない……っ」




( 終わりだ )



 ( ……なにが? )






 (( ……――なにもかもが。 ))






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