第4もふ。「7月は、もふもふとランチする。」
階段落下→激突→腹に乗るという謎イベントの後、なにがあったかというと。
「あーーーー。さむいなーーーー!!」
「だまれ。メシが不味くなる」
「仕方ないじゃん!! なんで台風来るの! なんでそんなさなか、野外ランチしてるの!!」
「腹減ったといったのはお前だが?」
「だからって屋上はないだろ! みてよ! 髪ボサボサ! キューティクルまでハゲそう!!」
「ヅラデビュー出来てよかったな」
「はあ? 頭湧いてんの? 脳みそまでもふもふなの?」
「お前がな」
そんな軽口を叩きながらふたりぼっちでランチをするオレ達。
ただし、雨だけはかろうじて止んだものの、風がびゅーびゅーうなり、冗談じゃなく明らかにご飯どころじゃない。
だが、きゃーきゃー騒いでいるオレとは裏腹に、隣に座りよるモフは平然と弁当を口にしている。
――なんてやつだ。
オレはめろんぱん一個なのに、なんか美味しそうなにおいテロさせおって。
(※匂いはイメージです。風すごすぎてそれどころじゃない)
「なー、それ美味しい?」
思わず意図せずして甘えた声になる。
だってからあげほしいし。
「うまいがやらん」
モフは箸で自分の弁当箱から唐揚げをつまみ、きっぱりと言い放ってから静かに咀嚼した。
末っ子全開で甘えすぎたか。
オレは内心反省しながら、すねたように唇を尖らせた。
「え~~ケチ」
「ガキかよ」
モフはあきれたようにため息をつくと、目の前になにか包みを差し出した。
「……くれるの?」
期待をこめたまなざしで見上げると、モフは冷めたような口調でこう言った。
「チビは黙って食え」
「一言多い!」
文句をいいながらも、ちゃっかり受け取る。
ずしりとしたほどよい重みと丸み。
これは……あれだな!
「……みかん!」
しゅるりと解いて、オレは目を輝かせた。
「オレンジだ。季節を考えろ」
「なんだ~~」
確かに今は夏。
みかんの季節じゃない。
でもみかんの方が甘すぎなくて美味しい。
残念だったなぁ。
思わずしょんぼりとすると、モフはもう一度ため息をついた。
「不満なら食うな」
「食べるっ」
変わり身の早さに呆れたのか、それとも食い意地のほうにか……。
わからないが、そんなの関係ない!!
とばかりにみかんを剥き始めていると、モフの視線を感じた。
影が差す。思わず見上げた。
モフは、静かにオレをみつめていた。
その瞳は凪いでいる。
切れ長の三白眼の奥の奥に、ゆらめくあれは炎だろうか。
青い青い火。冷たくて熱い塊。
緊張にこくん、と喉が鳴って、背筋が冷たくなる。
なにか忘れているようで。
……なにか、思い出しそうな。
とても大事で大切なものを捨ててしまって、それを再び拾い上げるかのような。
そんな……気がした。
ぼーっとその瞳を見つめ返していると「食うのが遅い」と再び目をそらされた。
「……遅くないし!」
とやや気の抜けた返事をして、残りのみかんの房をもぐもぐと咀嚼する。
なにか言いたそうな瞳だったけど、なんとなく聞けなかった。
わからないことは即質問する系のオレにとっては珍しいけど、なんだろう。
気になるし、聞きたいけど。
なぜだか聞かないほうがいい気がして。
迷った末「なあ、おまえの名前は?」とほかの疑問でごまかした。
「九狼。如月九狼だ」
「クロ~? なんか犬の名前みたいだな」
「クロじゃなくて九狼だからな。それを言うなら、お前も猫と変わらねえだろ」
「え? どこが?」
「ナーオ。鳴き声まんまだな」
「ナーオじゃなくてナオだし! わかったわかった、クロで覚えといてやろう!」
「ナーーオ」
「やっぱやめよ……」
猫呼ばわりはともかく、鳴き声みたいな間の抜けた呼び方されるのはげんなりすぎる。
迷った末、オレは代案を出した。
「きゅうび」
「……は?」
「九つの狼だとナインとかぶるから、きゅうび」
「狐かよ」
「そうそう! 顔面凶器★化け狐!」
「ふざけやがって。まあ、九尾の狐自体は好きだが」
「じゃあ、今度からそう呼ぶな!」
「待て。好きとは言ったが、いいとは言ってねえ」
「……きゅうびのいけず」
「…………あざとゴーイングマイウェイ女め」
「女じゃないですーw 美少女JCとは仮の姿、真の姿は……」
「頭が残念な化け猫」
「ねつ造すんなばかっ!!」
「妄想女に言われたくねえな」
「モフのくせに生意気!!」
「……は? 毛布?」
「もふもふ化け狐のくせに人間様に逆らおうとは! 成敗してくれるっ!」
「髪を触るな痴女。金取るぞ」
荒ぶりながら、もふもふもふっと髪を触りに行って違和感に首を傾げた。
「……あれ、思ったより柔らかくない……」
「むしろなんでそう思った。男の髪が柔らかいわけねえだろ」
なんかきしきししていた。
金色にブリーチしているせいか。
ふわふわでないなら、せめてさらさらして欲しかった……。
「がっかり……」
「勝手に触れておいて失礼な奴だな……」
前より毒がマイルドなので、きっと素で傷ついたに違いない。
オレはすかさず「トリートメントすればOK」とフォローした。
「誰がするか」
「さらさらになるよ?」
「誰得だ」
「オレ得」
「勝手に自分の髪触ってろ」
そんな軽口をたたいているうちに、昼休み終了のチャイムが鳴った。
今気づいたが、あんなに強かった風はすっかり弱まり、平常通りの天候に戻っていた。
「不思議だな~〜」
「お前の頭がな」
「誰が不思議ちゃんだばかっ!!」
「自覚はあったのか」
教室に向かう階段を下りながら、失礼なやつめ! と自分のことは華麗に棚上げしてぷりぷり怒っていると、「おい」と声が降ってきた。
「なんだよ~?」
「放課後、暇だろ」
「なんで断定だし。忙しいし!」
「クレープ」
「……おごりなら可!」
「先が思いやられるチョロさだな。そのうち誘拐されても知らねえぞ」
「……やっぱやめとこ……」
「冗談だ。いいから、授業が終わったらダッシュで裏門前に来い」
「えーーーー」
「競歩可」
「まあ、早歩きでもいいならOK!!」
言い方は上からでむかつくけど、中学生、バイトできない。
クレープ、高い。
オレ、あまいの、たべたい。
そんな原始的欲求により、脳内ネアンデルタール人化したオレは、結局二つ返事でつられた。
それにしても、モフのやつ、どういうつもりだろうか。
いなくなったかと思えば現れ。
そしていきなりwithランチ。
そして今度は遊びに誘ってくる。
もしかして。これは世にいう……。
「……ぼっちかぁーーーー」
それなら仕方ない。
友達いないのっぽのために、もふもふフレンズ100人計画に乗ってやろう!
そんな(やや暴走気味な)意気込みをして、オレは放課後のチャイムと共にリュックをしょった。
年頃の男女が、放課後どこかに出かける。
この出来事を的確に表す三文字があるのだが、色気ゼロ、むしろ食い気100%なオレが知るはずもなく。
スイーツごときにつられて、大後悔することになるのだが……それは別の話だ。
( 次回予告 )
ナオ「オレンジ、なぜあなたはオレンジなの……っ!」
きゅうび「ロミジュリを穢すな。シェイクスピアに謝りやがれ」
ナオ「さすがきゅうび、無駄に古典に詳しい!」
きゅうび「詳しくねえし、無駄には余計だ」
ナオ「きゅうび、なぜおまえはきゅうびなの~?」
きゅうび「尾の多さは霊力の多さ。つまり、尾が2本の化け猫より遥かに格上というわけだ」
ナオ「オレだってシッポ9本ぐらい余裕だし!」
きゅうび「モップぐらいにはなりそうだな」
ナオ「はーーあ? ルンバ使えし!!」
きゅうび「ルンバといえば、駅前で祭りがやっててな……異国の踊りが目玉らしいぞ」
ナオ「それはサンバ」
きゅうび「正解。見に行くか」
ナオ「さりげなくナンパしよる!!ww」
きゅうび「デートの自覚あったのか」
ナオ「ん? チーズ??」
きゅうび「これはわかってねえな……(真顔)」
ナオ「と~いうわけで! 次回、“8月は、もふもふとデートする。” お楽しみにな!」